2つの外資系企業の日本法人元重役が、勤務していた自社株のストックオプション行使により得た利益を不正に隠蔽し、脱税行為をはたらいたとして書類送検される事件がありましたね。
この事件、あくまでも私見の域を出ないのだが、検挙に凄く恣意的な何かを感じた。 こう感じたのは俺様だけだろうか? 根底に悪意を持つ何かが、ある種の吊るし上げを働いたように感じてならない。
そのように感じた最大の理由は、この全く異なる2つの企業にまつわる事件が、同時に明るみに出たことだ。 これって単なる偶然なのだろうか?
それから、これはあくまでも”申告漏れ”ではなくて、ホントに”脱税”と扱うべき悪質なモノだったのだろうか?
その作為性を感じた理由はまだある。それはこの事件が政権交代直後に明るみに出たことだ。 つまり、政権交代により政策方針転換がなされ、 市場万能主義 (貧富の格差は長期的視野に立てば問題なし) → 政府の積極的な景気刺激介入策が早急に必要 と大きく舵が切られた直後であったことだ。 「世の中には”金持ち”がいても良いんだ。それ自体が問題なのではない。」 という前政権までの根底にあった考え方が大きく否定され始めたこの時期に、何だか金持ちをつるし上げるような報道がなされたなぁ、というのがあわわっちの個人的な率直な感想である。
誤解の無いように申し上げておくと、何も書類送検された2人の人間の肩を持つ訳ではない。 その2人に特に好意は抱いてはいない。どちらかというと様々な事情により嫌悪感さえ抱いている。
ただ、国税局だって政府機関なので、そういった政治の風向きに戦略が左右されたとしても、決して不思議じゃないよなぁと思い至った次第である。
小泉政権による構造改革のお陰で地方はボロボロである、という話を良く聞く。 非常に抽象的な表現、描写であるが、実際にその通りだと思う。 リーダ(妻)の実家がある新潟に行くと、”地方”の実例を目の当たりにして、実感を伴ってそれを感じる。
ただ一つ俺様が言いたいのは、 ・「中央と地方の税制、権限の委譲のバランスをどう取るか?地方をどう再生させるか?」 という地理上の水平方向の物差しに関する議論と、 ・「金持ちと庶民の富の分配のバランスをどう取るか?」 という階層社会における垂直方向の物差しに関する議論を ごちゃ混ぜにして議論してはいけないんじゃないか?ということだ。 2つは異質の問題だ、というのが俺様の見解。
俺様の超素人目には、何か論旨をすり替えているように見える。 地方を短期的、長期的にどう救済していくか?という議論と、社会にどう活気をもたらすべきか?というのは別個の議論ではないのだろうか?決して混ぜてはいけない。
あわわっちは、シンプルに申して、金持ちになりたい。 主体的に強い意志をもって戦略を立案し、それを具現化することに労を厭わず、それが社会に対して何がしかの貢献をし、それらの対価としてより多くの金銭を得られたら良いなと思う。そして、そのお金を使って4人の子供達になるべく良質な教育を受けさせたい。経済的な制約によって、彼らが受けたいと望んだ教育を受けさせてやれないという事態だけは、親として何としても避けたい。
地方が都心と比較して被るデメリットは、今すぐ解消する施策をとるべきだ。 ただし、この意思決定は、豊かになりたいというモティベーションをイタズラに排除して、社会から活力を奪っても良いということとは同義ではない。例えその豊かさの具体例が、金銭的な豊かさを意味しているとしてもだ。
麻生さんには何も期待しないが、プロテスタントの出現以降社会で容認されてきた、一生懸命働く対価としての報酬を得ることは決して卑しいことではない、むしろそこを1つのモティベーションとして創意工夫をしていこうぜ!という考え方と、地方からも活力を生み出すような活動とが、両立できないはずがないと思う。
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