[デモンストレーション]

番記者:あわわっち

2008年12月1日(月曜日) | カテゴリ: 生活

先日、朝通勤時に自宅から上野駅まで歩いていたら、デモをしていました。

そのデモの様子は、こんな感じ。

デモの様子

デモの様子

そのデモが何に対しての抗議だったかは、この投稿の主題ではないので割愛させてもらうとして、一般論としての抗議の話。

僕等は、納得が行かないものがあるのであれば、もっと抗議の意を唱えるべきじゃないでしょうかね?

もちろん、政治的に右に寄れとか左に寄れとか、特定の個人や団体を威嚇しろとか、いたずらに示威行為をしろって言ってるのではありません。
納得できないことに対して、不服を申し立てるべく、それなりの”行動”に出ないのであれば、それは認めたも同じとみなされても仕方が無い側面があるんじゃないかな?ということです。
また、納得の行かないこと、それは間違っていると感じることに対して、だんまりを決め込んでやり過ごすことは、”卑怯”なんじゃないかなとも思ったりします。そして、最近「卑怯」って言葉もあまり耳にしませんね。世の中から卑怯な行為が無くなった、減ってきたとは残念ながら思えないので、「それって『卑怯』だよね」って抗議の念が世の中から減ってきてるんじゃないかな、なんて勝手に危惧してます。
(映画「Two Weeks Notice」の中で、サンドラ・ブロック扮する女性弁護士が、正義感の強い両親から受けた教育みたいな価値観のことを言ってます。興味のある方は、この映画ご覧ください。かなり面白いです。)

たまたまなんですが、ESL Podcast (English as a Second Language Podcast)を聴いていたら、”Planning a Protest” (「抗議(集会)を計画する」とでも訳せばよいのでしょうか?)というテーマの日が数日前にありました。
アメリカ人の方が日本人より、デモをしたり抗議集会をしたりすることはずっと身近なんでしょうね。

ついでに英単語の勉強を一緒にしちゃうと、
Protest は「抗議」、Rally は 「集会」、March は 「(デモ)行進」、Demonstration は 「デモ」、Charge は「告発する、非難する」です。

Rolling Stones のStreet Fighting Man の歌詞のように、
♪Everyday I hear the sound of marching, charging feet, boy.
‘Cause Summer’s here and the time is right for fighting in the street, boy.♪
という世界観を理想としているわけじゃないです。

要するに、
納得行かないと声を大にするためには、それなりの理論武装が必要だし、人々と前向きな議論をするべきだし、そのためには自分の中で考えをよく咀嚼しないといけないし、そして熟慮の末に自分の中で何か信じるものを発酵させることが出来たのなら、今度は周囲に働きかけて行動に移すべきだと思うし。
そういう気概というか生きる姿勢が必要かなと。

俺様はどっちかって言うとノンポリのくせして、柄にも無くそんなことを思ってしまいました。

関連した内容の投稿を見る同一キーワードを含む投稿を見る場合は、クリックして下さい。
同じカテゴリー(生活)の投稿を見る

コメントはまだありません。

コメントをどうぞ

番記者一覧

Search

RSS THADAS’ RSS (最新の投稿)

最近のコメント

カレンダー

2008年12月
« 11月   1月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

THADAS’ Blog のカテゴリー

アーカイブ

スポンサードリンク