最後に故上原謙、加山雄三親子の話。
つい先日まで日経新聞の有名コーナー「私の履歴書」は、加山雄三氏期間でしたね。 俺様は読んでなかったけど、リーダ(妻)がせっせと読んでいて、せっせと毎日内容と感想を話してくれてました。
加山氏にとって同業の大先輩である父親の存在が、いかに大きなものであったかというのが窺い知れる内容の数々でしたが、「オヤジの死」という小題が付いた日に描かれていた話が俺様にはとても印象的。
40歳近く離れた再婚相手との関係も破綻し、加山氏の家に転がり込んできたという晩年の故上原氏。 82歳の誕生日を親類縁者で祝った際に、最後に加山氏が作曲し父上原氏に捧げた「父に捧げるピアノコンチェルト」のCDを流して、パーティーはお開きに。 上原謙氏は、 「父さんは第二楽章が一番好きだな」 と言って辞去し、その後間もなく帰らぬ人となったとのこと。
この話、会社からの帰宅後、夜遅くに自宅で夕飯をとりながらリーダが話すのに耳を傾けていたのだが、その日の疲れも手伝ってか、静かに聞いていたら 「俺もこんな死に方がしたいなぁ、将来こんな死に方ができるかなぁ?」 なんて弱気な気持ちになり、思わずポロっと涙が出てきてしまった。
「何泣いてるの!」 とリーダにまた厳しく叱られた(笑)のだが、父の晩年におけるこの親子の生活、関係というものが、実際のところはどうだったのかは他人の俺様には良く分からないけど、傍から見ていてそんな死に方をしたいなぁと思う、素敵な親子関係だなぁとしみじみ感じた。
今日は、とりとめもない文章で、自分や身の回りで見聞きした親子関係を書いてみたけど、大原麗子さんの孤独死の一件もあったりして、最近色々と考えさせられてしまいます。
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