[ああラッシャー木村・・・]

番記者:あわわっち

2010年5月24日(月曜日) | カテゴリ: その他

ラッシャー木村さんが亡くなりましたね。
68歳だったそうで。
まだまだ若いですよね。

俺様は昭和47年生まれの37歳なので、小学生の頃はメチャクチャプロレスが人気がある時代でした。土曜日の夕方は全日本プロレス、金曜日のゴールデンタイムは新日本プロレスというのが、当時の小学生の多くの定番だったんじゃないでしょうか。

実は、
ラッシャー木村というプロレスラーには、個人的にはメチャクチャ思い入れがあって、驚く無かれ!俺様は一度対戦を申し入れたことがあるのだ(←実話)

俺様の実家の隣の家のオバチャンは、何を隠そう「サマーソルト・ドロップ」でお馴染みのマイティー井上の実のお姉さんだったりすることもあり、子供の頃全日本プロレスについては、後楽園ホールや東京体育館に何度か生で観戦しにいったことある。

ある日、そんな経緯だったのだろうか、東京体育館に全日の試合を観に行った。小学校5年生の時だったと思う。

メインイベントのジャイアント馬場の試合(←確か鶴田とのタッグマッチだったと思う)が終了した後、どこからともなく国際プロレスが崩壊した後フリーになっていたラッシャー木村がリングサイドへと現れた。
当時はまだラッシャー氏のマイクパフォーマンスは、オフビートなモノからはほど遠く、真剣そのもの、ガチンコな内容だった。

試合を終えた馬場に対して、
 「馬場ぁー。俺と勝負しろ!俺と勝負しろ!」
と連呼するのみだった。
相手にせずリングからそそくさと立ち去る馬場・鶴田ペアの背中に向かって、執拗に「馬場、俺と勝負しろ」と叫び続ける故ラッシャー氏の雄叫びが、その日の興行のエピローグとなった訳である。

こうなると、調子に乗りまくる、至って素直な性格の少年だった小学生時代のあわわっち・・・

ページ: 1 2

関連した内容の投稿を見る同一キーワードを含む投稿を見る場合は、クリックして下さい。
同じカテゴリー(その他)の投稿を見る

2件のコメント to ああラッシャー木村・・・

しゅうじ
2010 年 5 月 25 日

アホだ、この少年Aは・・・
マイティ・・・花柄のコスチューム・・・。サマーソルトドロップ・・・微妙な技だったな~(笑)

ちなみに私のプロレスへの道第一歩は、アントニオ猪木とストロング小林戦です。今となってはTV中継を見たのか、いとこのプロレスマニアのゴングを見せてもらったのか定かではないのですが、猪木が黄色いタオルで止血している映像(画像)を鮮烈に記憶しています。
ではグラウンドで談義しましょう。

あわわっち
2010 年 5 月 25 日

いや、ご指摘の通り、我ながらアホだなと思いますね。
どういう発想だったんでしょうね!
それまで自分より背の高い大人たちの中で少年Aは完全に紛れてたんだすけど、ラッシャーが振り向いたとたんに、その周囲の大人たちがサッと両脇に一歩ずつ引いて、あっという間にラッシャー氏との間に遮るものがなくなり、あの一瞬が永遠に感じられた感覚。忘れられません(笑)

あと、マイティーさんにお願いして、思いっきりマイティー氏にアリキックさせてもらったことあるんですけど、蹴ったこっちの足が痛かったのも良く覚えてます。

それから、それから、ストロング小林。素人くさいことを言うと、またの名をストロング金剛ですね。

では、グラウンドで!!

コメントをどうぞ

番記者一覧

Search

RSS THADAS’ RSS (最新の投稿)

最近のコメント

カレンダー

2010年5月
« 4月   6月 »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

THADAS’ Blog のカテゴリー

アーカイブ

スポンサードリンク