[青春、10代、一所懸命についての考察(その3)]

番記者:あわわっち

2010年8月22日(日曜日) | カテゴリ: 生活

昨日は、一般人は何かに極端に集中するのではなく、むしろバランスを取って生活していくことを、本人も周囲も求めるのではないか?ということを述べました。

今日は、10代においては特別な時期というのが存在するんじゃないかということを書きます。

10代の集中力・10代の特権

では、俺様自身に、何かに脇目も触れずに取り組んだ時期が無かったのか?というと、無いことは無い。あるにはある。

それは高校時代だ。
当時、高校のラグビー部に所属していた俺様は、ラグビーに燃えていた。

学校自体が決してラグビー強豪校ではなかったし、俺様自身も大した選手ではなかったが、ラグビー中心に高校生活を送っていたことは事実である。
おかげでキッチリ浪人したしね(笑)

はたまたこれも、大枠で捉えれば多くの方にとって似たような体験なんではなかろうかと思う。

つまり、体育会系、文化系、競技、種目、分野、校内活動、校外活動は何でも構わないのだが、高校時代に何かの活動にのめり込んでたんだよねという想い出をお持ちの方はたくさんいるのではないでしょうか?

そして、ここからは人によって分かれ道となるのだと思うのだけれども、高校卒業後、あるいは大学進学後もその活動を続けたかというと、Noという人が結構の割合でいらっしゃるんじゃないだろうか。
俺様自身Noだった。

大学進学後にも、色々考えた末にサークル活動としてラグビーは続けたけれど、体育会ラグビー部に入って更にラグビー選手として上を目指したいと思ったかというと、そうは思わなかった。

何故か?

答えは単純明快で、
 もっと色々なことをやりたかったから
 もっと色々なことに目を向けたかったから
だ。

歳を取るのと共に、自身が触れることが出来る情報というのが増え、
アルバイトも色々と経験してみたかったし、仲間や女の子とドライブしたり、酒を飲んだり、夏は海に行ったり冬はスキーをしたりと、そういう学生生活を送ることを志向したのだ。

二十歳前後の4年間、行動範囲という意味でも、世間という意味でも、交友関係という意味でも、高校時代の学校と家との往復の3年間とは比較にならないぐらいの広がりの中で、様々な物と様々な場面での接点を持つこと、持ってみることを19歳の俺様は望んだ。
グラウンドの上でラグビーで汗を流すことはその一部に過ぎなくなってしまった。

逆に言えば、高校時代は、誘惑や雑念も少ない、あるいは殆ど無く、ここに集中するぞと自身に言い聞かせる必要も無く、ラグビーという一点に集中することが出来た。

でだ、冒頭の課題提起に戻るのだが、
この、一つところに、精力を傾けられる精神状態、情熱のありよう、取り巻く環境、言い換えるならば、色々総合して、
 ”一所懸命”に
 ”なれる”ということ
を下支えしてくれる要素の結集が、実は青春の本質なんじゃないかと、最近考えるようになった。

なんだか良くわかんないんだけど、そのことだけ喜々としてやってたんだよね。
それだけやってれば僕/私も楽しくて、それだけで満足で、他に目が行かなかったんだよね。
今思うとどういう訳か周囲の環境もそれを許してくれてたし。
みたいな感じの総体をイメージしている。

これが10代の集中力であり、10代の特権じゃないかと。
そして青春の秘密なのではないかと。

つづく。

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