[青春、10代、一所懸命についての考察(その4)]

番記者:あわわっち

2010年8月23日(月曜日) | カテゴリ: 生活

昨日は、10代の持つ不思議な状況、別名”青春”について書いてみました。
今日は、今後について考えてみたいと思います。

青春の定義と俺様の今後のテーマ

色んなことに興味を持って、幅広く世間を見つめる生き方に青春はないなんてことを言っているのではない。

情熱を傾けることが出来るものを見つけられないまま、あるいは昼も夜も夢中になってという経験のないまま大学生になったり、あるいは二十歳になったりして、色々ブラブラしたあげく、三十路の声が聞こえるようになってから、これ!というモノに出会ったなんて話もいくらでもあるしね。

俺様が述べたかったのは、
 ・一般社会人としてオトナになるという要素の中に、”バランス良く生きなくてはならない”という評価軸が含まれているのは否めないのではないかということ。
 ・そして、にも関わらず限定的な領域であっても図抜けた才能を持ち、そこに立脚して”プロ”として生きている人、生き続けている人は、俺様の日常感覚から言うと驚異的だということ。
 ・一方で、我々一般人であっても、若かりし日々にたとえ短い期間であっても、まるでそれを生業とするが如く、一つのモノに没頭したという経験は結構共通項として存在するのではないか。そして、この雑念に惑わされることのない精神状態を我々は青春と呼んでいるのではないか。
ということだ。

でだ、
最近俺様が考えていること、自身のテーマとして設定していることというのが、青春を取り戻すことである。文字通り37歳の俺様が今から異性に胸キュンしても仕方がないので(笑)、文字通りの青春って訳にはいかないが、
 夢中になれることに対して、夢中になれる状況を作る
という課題を自分に課してみたい。

何かに夢中になる時期が青春なら、夢中になれることに夢中になれれば、それはもはや青春なんじゃないか、第2の青春と呼んで差し支えないんじゃないかという、半ば強引な逆転の発想だ。

第2の青春と第1の青春の違いは、1つにはその没頭度である。
いくら本人が好きだからと言って、そればっかりやってる訳にはいかない。没頭度、集中度は10代の時より落とさないとならない。バランスが求められる。これは致し方ない。
それより大事なのは2つ目のポイントである。
俺様が夢中になることが、如何に家族にとっても利点のあることなのかということをしっかり営業活動をしながら、如何に集中できる環境を作り上げていくかということを考えないといけない。これが重要だ。

40歳になるまで、ちょっとその青春を謳歌したいと考えている俺様。
今日は、青春って何だろうってことを考えてみました。

おしまい。

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