結婚

親と子

2009年8月12日(水曜日) | 生活, 結婚, 親も育つ | コメントはまだありません

親と子の関係について。

親と子の在り方について、かく在るべきと俺様あわわっちが大胆に論じちゃうなんていう、無謀にも似た試みではなくて、親子って色々あるんだよなぁって、ただそれだけの話です(笑)

長いし結論は無いしで、つらつら読んでも良いかって思われた方だけどうぞ。 › 続きを読む

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2009年6月5日(金曜日) | お金, 結婚 | 4件のコメント

Not キン but カネ.
お金の話。

ウチの部署の若くて可愛いN子に、会社の廊下ですれ違いざまに、
 「N子、この次生まれ変わったら結婚してくれぇい」
と言ったら、
 「良いですよぉ~!!」
と即答。

 おっ!!

と喜んだのも束の間、
 「でも、お金沢山くださいねぇ~!」
とも付け足された。

やっぱり、金か。

財力の無い36歳男のあわわっちが今日も行く!

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結婚10周年

2009年5月24日(日曜日) | 結婚 | 1件のコメント

今年ウチは結婚10周年である。1999年に結婚したので。

ホントにお金が無いので、これと言って何する訳でもないんですが。
当時もホントにお金が無かったけど、今もない。
まあ、この国の少子化問題に終止符を打つべく、4人子供を産出したから仕方が無いということにしよう。

さて、10年前を振り返ると…

式と披露宴@新潟をしたのは4月24日だった。
最近になって知ったのだが親友のジョージ・クーニー夫妻と記念日が同じなんだよね。あと新婚時代に住んでいたアパートのお隣さんのYさん夫妻もそうだったなぁ(Yさん家は結婚した年も同じなので、全く同じ日に式を挙げてたことになる)。

引っ越して一緒に暮らし始めたのはゴールデンウィーク。
アパートの賃貸契約は3月からしてたので、丸2ヶ月以上部屋は空のまま眠らせてた訳だ。
普通夫の方が先に入居して一人暮らしを始めてるってパターンが多いみたいだけど、俺様は実家に住んでたし家事とか一切出来ないダメ人間なので、それはしなかった。
こう見えても僕ちゃんウサギちゃんなので、一人でいると寂しくて精神的にも食が細くなって餓死してしまう可能性があるからね(笑)

お友達を集めて結婚パーティーしたのは5月23日。昨日が丁度10周年記念日。
その年その日は日曜日で、ウチの会社ラグビー部もまだ関東社会人リーグに所属していた時期だったので、昼間はラグビーの練習試合があり、夜パーティーという流れだった。(相手のNo.8 に思いっきり当たられて、タックルに行った俺様は肩が滅茶苦茶痛かった記憶がある・汗)

入籍と新婚旅行に行ったのは7月。
本籍地をどこにしようかってことになり、リーダと出会った大学のキャンパスの住所を本籍地にしてみた。
なので、我々の本籍地は実は横浜市になっている。
俺様自身は横浜市に住んだことはない。

婚姻届は歌舞伎町にある新宿区役所に、時間外に出しに行ったのだが、提出時に婚姻届に記載した本籍地の住所が、実は実在しないことが後で判明して(「1-2-3」って書くか「1丁目2番地3号」って書くかの違い)、翌日その旨役所から電話で知らされた。
 「あわわさん、○○○って番地は存在しないんですよ。」
 「何ならあるんですか?」
 「○×○ならあります。」
 「じゃあ、それで!」
ってな感じのいい加減な会話を、役所の担当者とした記憶がある。
新婚旅行に行くために成田に向かう車の中だったので、もうこっちも超テキトーである・・・(笑)
まぁ、これが正式に結婚するための最後の関門だった訳だ?!

ちなみに新婚旅行は、トゥールーズ・ボルドー・パリ・ロンドンに行った。夏のヨーロッパ。
ツール・ド・フランスの数ステージを生で観るって目的も兼ねていたのだが、この年1999年は、後に前人未到のツール7連覇を達成することになるランス・アームストロングが初めてツールを制した年である。
実は、1999年から2001年まで3年連続、ツールの時期に合わせて毎年夏休みを取り、リーダとフランスに旅行した。
2002年には、俺様の後押しがなくなったので、ランスの4連覇は無いと思ったが、彼はその後ももう4連覇したことになる(笑)

1999年のフランスでのランスの人気ぶりはというと、地元フランス人を徹底して応援する彼らも、癌を克服しUS.ポスタルを率いてツールに帰ってきたランスは流石に特別扱いで、
 「Powered by Lance Armstrong」
なんて垂れ幕も良く見かけた。

こちらは、99年モデルのマイヨ・ジョーヌのレプリカ。

99年モデルのマイヨ・ジョーヌ

99年モデルのマイヨ・ジョーヌ


毎日ステージのゴール地点ではナイキの移動仮設ショップが出るので、そこで記念に買った。
ランスが初めてツールを制した年の、ランスが着ていた(のと同じ)公式ジャージ。何となくありがたい物なので額に入れて飾っている。

さて、最後になりますが、5月に行った結婚パーティーの動画が見つかったので、オープニングの2分ぐらいをアップしておきます。一応リーダ(妻)とは、
 「ふっ、あの伝説のパーティーから10年ですかぁ」
なんて話してます(^^)120人~130人ぐらいお友達に来てもらって、バカ騒ぎしたからね。

まぁ、それなりに、それなりに楽しんでいただけるのではないでしょうか…(^^;
※動画の最後のところの、リーダの台詞が聞こえ辛いと思いますが、
 「そんなモノが私に通用すると思ってるの?」
と言って、素手でキャッチした銃弾を投げ捨てています!!
結婚パーティー(オープニング2分ぐらい。WMV形式)

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泉慶・華鳳 @月岡温泉

2009年5月8日(金曜日) | 子育ての記録, 生活, 結婚 | コメントはまだありません

月岡温泉に行ってきました。
義母によるご招待旅行です!パチパチパチパチ!!

リーダ(妻)の実家@新潟に帰省する際に、結婚10周年とかなんとかってこともあり、リーダの両親とウチの家族6人の計8人で、月岡温泉に1泊で行ってきました。

まずは、上野から新幹線で出発。

新幹線車内の様子

新幹線車内の様子

6人で移動しようとすると、大体こうなります。
つまり、4席必要となります。

ちなみに、JRの新幹線座席予約システムはイケてないので(大体どの世代のJRのシステムも、常に時代の2歩ぐらい手前を行ってますよね)、Webからの予約で4席押さえたい場合も、向かい合わせ2席っていう予約オプションは無いので、通路を挟んでA~Dの4つ並びになっちゃいます。

新潟駅で上越新幹線を降り、在来線に乗り換えて、いざ月岡まで。

宿泊したのは月岡温泉の旗艦とも言える、ホテル泉慶です。
泉慶グループは、今では華鳳という更にハイグレードなホテルも隣接して経営しているような、すんごいホテル・グループらしい(もちろん、初めて知ったんですけどね)。

泉慶の中庭は、こんな感じ。

佐渡の赤石らしいです

佐渡の赤石らしいです

今回のアレンジは全部、義母(リーダの母親)がしてくれたんだけれども、お風呂はその隣接する華鳳のプライベート風呂を予約してくれた。
夕方、泉慶から送迎バスに乗って華鳳へGo!(所要時間2分)
プライベート風呂がホントに綺麗で広くて、とってもリラックス。ゆったりできます。

貸切プライベート風呂の中。脱衣スペースから庭の露天風呂を望む。

貸切プライベート風呂の中。脱衣スペースから庭の露天風呂を望む。

露天風呂はこんな感じです。

広々と家族でゆったり入れる露天風呂です。

広々と家族でゆったり入れる露天風呂です。



予約時間の1時間の中で、ウチの家族と両親とで入れ替わったので、後半は華鳳の中庭を散策しました。
温水プールもあるような立派なホテル、華鳳。

温水プールもあるような立派なホテル、華鳳。

中庭には、小高い丘があります。
滝も流れています。

中庭の丘と滝

中庭の丘と滝

滝を眺めるウチの者共。

左からアラン(小2)、アンドレア(年長)、アンジェラ(年少)、リーダ(3x歳)、アマンダ(1歳)

左からアラン(小2)、アンドレア(年長)、アンジェラ(年少)、リーダ(3x歳)、アマンダ(1歳)

丘の上には能舞台もあったりします。

何故かハシャギまくる子供達

何故かハシャギまくる子供達



岩の上で、
 「私は人魚!」
って言い出した女もいました。
自称人魚を名乗る、アンドレア(年長)

自称人魚を名乗る、アンドレア(年長)

お風呂も入ってサッパリし、バスで泉慶に戻り、夕食です。
夕食はお座敷が準備されていて、広ぉ~いお部屋で僅か8人で食事。
小さい子供がいる我が家には、騒ぎまくれるので嬉しい限りです。

夕食前に記念撮影、パチリ!

夕食前に記念撮影、パチリ!

夕食後にも写真を撮ったり、館内の絵を眺めたりしてゆったり過ごしました。

お祖母ちゃんと孫達

お祖母ちゃんと孫達

一泊して、翌朝チェックアウトし、リーダの実家に向かいました。

駅までホテルの車で送ってもらいました。

月岡駅はこんな感じの駅です(ちなみに、無人駅)。

無人の渋い駅です(苦笑)

無人の渋い駅です(苦笑)

在来線も単線です。

単線を車内から眺める子供ら

単線を車内から眺める子供ら

お疲れの人もいました。

疲れたアンジェラ(年少)

疲れたアンジェラ(年少)

もっとお疲れの人もいました。

体調不良のアマンダをおんぶしっ放しでヘトヘトのリーダ(妻)

体調不良のアマンダをおんぶしっ放しでヘトヘトのリーダ(妻)

そんなこんなで、ゴールデン・ウィークを利用して、月岡温泉に行ってきた話でした。

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テンちゃん披露宴

2009年4月27日(月曜日) | 結婚 | コメントはまだありません

昨日は、会社同期のテンちゃんの結構披露宴に行ってきました。
結婚式と入籍は3月14日に済ませていたので、今日はホントにご披露の場という位置づけ。

テンちゃんは、会社の同期入社の友人ですので、かれこれ10年強の付き合いということになります。
昨年6月の1週間弱のプーケット出張ではホテルの相部屋のルームメイトとなり、意味も無く野郎同士で一緒にシャワーを浴びたり(汗)、とことんまで色々語り合ったり、酔って裸で寝てしまった俺様に布団を掛けてくれたりして、
 「人間って10年付き合いがあっても、じっくりと一緒に過ごすと、関係にまだ伸びしろがあるもんだなぁ」
なんて、2人して妙なポイントに感心した仲である。

さて、そんなテンちゃんの披露宴でしたが、4時半から代官山のリストランテASOでのレストラン・ウェディングでした。
昨日は二日酔いと寝不足の体に鞭打って、早朝から長男アランのラグビー・スクールに付き添った俺様は、午後にはもう電池切れで、息も絶え絶えでした。
何とか自身を鼓舞して出掛けたものの、渋谷に着いたのは4時20分でした。

渋谷駅でタクシー乗り場にそそくさと進み、タクシー待ちの列に並びました。
渋谷駅前のタクシー乗り場は東口も西口も、タクシーの空車数は十分にいるんだけれども、乗り場で客を乗せた車が、混雑した道路に中々飛び出していけないという理由から、中々車に乗れません(乗っても道路に出て行けません。)
 「う~、確実に遅刻だぁ~」
とイライラしていたら、後ろに並んでいた女性にを声を掛けられました。
 おっ!逆ナンか?俺様スランプ脱出か?
と思いきや、俺様が手にした披露宴の案内状を見て、
 「もしかして、一緒のところに行くんじゃありません?」
ってことでした。
という訳でタクシーを相乗りすることになりました(^^)

その女性は新婦の中学、高校のご学友ということで、車内でひとしきり世間話をし、何とか目的地に着きました。
(1万円札しか持っていなかった俺様は、タクシー代を立て替えてもらっちゃいました…)
期待通りに開宴が少し押していたようで、何とかパーティーに間に合いました。
(御祝儀は、直接新郎の弟さんに手渡すという非礼を演じることになってしまいましたが…)

披露宴そのものは、レストラン・ウェディングということで、とてもリラックスした雰囲気で執り行われ、テンちゃんらしいなぁというノンビリとした雰囲気の段取りで進められていきました。

全てが順調に進行しているように見えた披露宴だったが…

全てが順調に進行しているように見えた披露宴だったが…

圧巻だったのは、〆の新郎からの挨拶。
彼らしい、ノンビリとした間の挨拶の中で(内容自体はオーソドックスでした)、
 「困難では乗り越え(ノリコエ)」
と言おうとして、
 「困難では乗り換え(ノリカエ)」
と、結婚式では一番発してはイケないNGワードを発してしまい、一同大爆笑!!
新婦はちょっと呆れてムッとしてたけどね(笑)
やってくれるねぇ、テンちゃん。

そんな訳で、なかなかどうして素敵な披露宴でした。
(我が家は24日に結婚10周年でしたけど)

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仲良きことは美しき哉

2009年3月18日(水曜日) | 生活, 結婚 | 4件のコメント

今日の東京はとても良い天気ですね。
(花粉もたくさん飛ぶそうで…)

朝、長女を自転車で保育園まで送り、入谷の交差点のところまで戻ってきたら、あるカップルを見かけました。
たぶん俺様より年齢が上のカップルですが、雰囲気から察してたぶんご夫婦。
2人ともジーパンにトレーナーといったいでたちで、極めてカジュアルな服装。
どちらも俺様のようなしがないサラリーマンではないんでしょうね。

2人は、そこで(たぶん、それぞれの職場にむかうべく)お別れ。
男性の方は東京メトロの入谷駅の階段を下りようとし、女性の方は交差点の信号を渡ろうとしてました。

女性は去り際に、男性の方を見て、何度も何度も投げキッスをしてました。
男性のほうは特段嬉しそうでも嫌そうでもなく。
女性も今日はノリでやってみました!的雰囲気でもなく。
いつもの儀式なんでしょう。

なんだか良いですね。
日常の中に投げキッスがある生活、投げキッスをしたい相手がいるという人生。
お世辞にも決してお綺麗な女性ではなかったけど、とっても素敵でした!!
仲良きことは美しき哉。

ちなみに、投げキッスは英語で「blow A a kiss (A に投げキッスをする)」と言うんだって。

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泣いちゃいましたよ

2008年11月21日(金曜日) | その他, 映画レビュー, 結婚, 親も育つ | 2件のコメント

今日俺様は泣いてしまいました。
朝、通勤時、電車(JR総武線)の中で涙ぐんでしまったのです。
Podcast を聞いていて、その内容にグッと来てしまって、泣きました。

“涙もろいくせに、ビックリするぐらい鈍感なところがある”
というのが、俺様の周囲の女性の俺様に対する共通の見解であるのだけれど(笑)、
俺様が涙もろいのは確かな事実のようだ。
どうも多分に漏れず人の親になってから、つまり第一子が生まれた約7年前から、(尚更)涙もろくなったような気がする。

ちょっと脱線するけど、親であるということと涙もろさの関係については以前こんなことがあった。
会社の同期が結婚した時の話(2人とも俺様の同期)。
俺様は式から呼んでもらって、俺様にとってとっても大切な二人の門出をお祝いしておりました。

披露宴では、2人の会社同期の友人達は、2つのテーブルに分かれて着席していたんだけど、宴も酣となり新婦が自身のお父様に宛てて手紙を読み上げました。
こんな内容だったと記憶している。

大好きなお父さんへ
結婚式でお父さんに手紙を書いて、それを読み上げるなんて、とってもダサいので私は絶対にやらないことだと思って生きてきました。もし私が10年前に結婚していたら、事実その通り、決してやらなかったと思います。
でも、今、私なりに色々と考えてみて、お父さんへの感謝の気持ちを伝えるのに、手紙を書いて、それを読むというのが一番想いが伝わる最良の手段だと思うので、思い切ってそうします。
(中略)
子供の頃、三輪車が欲しいとおねだりしたところ、お父さんは材木を買ってきて、自分でそれを切って、三輪車を作って私にプレゼントしてくれましたね。
私は周囲の友達のように、キティーちゃんやキャンディー・キャンディーの可愛い絵が付いた三輪車が欲しかったし、そのようにお父さんに泣いて訴えましたね。
でも、今になって思うと、あれは世界でたった一つのオリジナルの三輪車だったんだな、そんな”私だけのための”三輪車をプレゼントしてもらえる幸せな子なんて、めったにいないんだなということに気付きました。
(後略)

この話を聞いて、もちろんのこと俺様は顔をグチョグチョにして、鼻水を垂らして泣いてしまいました。
ズッズッと洟をススりながらね。(彼女は俺様達の会社を辞めて、プロの物書きになったので、文章が素晴らしいのはある種当たり前なんだけどね・笑)
涙で霞む目で何とか周囲を見ると、俺様と同じテーブルに着いている野郎共も、皆一様に泣いていました。

でも、、、
隣の同期のテーブルでの泣き具合はそれ程でもありませんでした。

俺様と同じように泣いていた俺様のテーブルの1人が、
 「俺、俺、娘が生まれてから、この手の話に弱いんだよな。グスっ、グスっ(泣き)」
と、搾り出すようにポツリと言いました。

そうなんです。
よーく考えてみると、俺様のテーブルの面々は皆既婚で子持ち。隣のテーブルの大半は未婚か、もしくは既婚だけどまだ子供がいないというメンバー構成になっていて、そのコンテキストの違いがモロに出た結果だったようです。

子持ちと涙もろさの関係については、実のところどうでも良いですし、言い訳って言えば言い訳なので、話を本題に戻しますね(笑)
とっても良い手紙だったので、ちょっと紹介したかっただけです。へへへ。

本題。
最近聞いているPodcast でESL Podcast というのがあります。
ご存知の方も多いですよね、きっと。
「English as a Second Language」ってテーマの、英語教育用のPodcast です。

俺様のように、英語力を上達させたいんだけど、今現在はそんなに実力が無いって人が、速聴とかに取り組んでもシンドイだけで長続きしないので、それなりにゆっくりのスピードで内容をしっかりと理解し、その内容もじっくりと楽しみながら英語力を鍛えるっていうことを主眼にしていると俺様は理解しています。
(ウェブサイトが、http://eslpod.com/ となりますので、ご興味のある方はどうぞ。)

配信されるPodcast が2回に1回、English Cafe というサブタイトルになり、その中では1つか2つトピックを決めて、そのトピックに関する内容を英語で説明してくれます。
トピック自体がとても興味深いものが選択されているので、英語学習と合わせて、とてもその理解が楽しいものとなるように工夫されています。

で、その163回目のEnglish Cafe のトピックの1つが「Make-a-Wish Foundation」というアメリカの基金の紹介でした。
このMake-a-Wish Foundation というのは、(俺様の英語の理解が正しければ)不治の病で、不幸なことにそんなに長く生きられないであろう子供に、たとえ一時であっても夢を叶えることを手伝ってあげ、病の苦しみを片時でも忘れられるようにするための基金です。

このMake-a-Wish Foundation は、1980年代初頭に設立されたそうです。
設立のキッカケは、Christopher という名の7歳の少年が、不治の病に掛かっていて(病名は英語では良く分からなかった)、余命幾許も無いことが残念ながら分かっていました。
彼は警察官であるお母さんの影響で、彼自身の将来の夢も警察官になることだったそうです。

お母さんがコネを使って色々と手配したようで、彼はある日ヘリコプターに乗って警察署に行き、そこでセレモニーによる歓待を受け、(1日)名誉警察官になることで、その夢を叶えたそうです。

2日後に彼のサイズに合わせて設えた警官の制服が病院に届き、非常に喜んだようですが、更にその2日後にChirstopher は不幸にも帰らぬ人となってしまったとのこと。

彼の死後、Chirstopher のお母さんが発起人となって、同じような境遇の子供が、たとえ一瞬であったとしても、その望みを叶える事で、片時でも自身の過酷な運命を忘れることができるようにと、その支援をする基金である、このMake-a-Wish Foundation を設立したんだって。

もぉ、こんなん聞いたら、泣くでしょ?普通。
もー、電車ん中だろうが、トイレの中だろうが、霧の中だろうが、海の中だろうが、
この話を聞いたら泣きますよ、普通。

この話を聞いて、グッと来ない奴とは、俺様友達になる自信ないね。
朝から、そんな気持ちで今日(日付変わって昨日)を過ごしました。

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