このBlog で何度も書いてるので、もう知ってるわい!と言われてしまいそうですが、俺様あわわっちには小学校1年生の第一子長男がいます。仮名アラン。
アランはワセダクラブというラグビースクールに通っています。 毎週日曜日の午前中に2時間程度の練習をしてます。練習中に試合形式のメニューもあります。定期的に対外試合もあります。 彼は、保育園の年中の2月にワセダクラブに入部したので、現在ラグビー暦1年半強といったところでしょうか。
今日ここで何を書きたいか?というと、 何事につけ、子供を前に向かって導いていくには、親接力(親が子育てにおいて子供と接する際の力量を仮にこう呼ぶことにします)というものが問われることが多いなぁ、と。それを強く実感した1例としてのある時期のラグビースクールでの顛末を振り返ってみようかなと思います。
デキル子とデキナイ子はハッきり差がある
アランをラグビースクールに通わせ始めて、ハッキリと痛感したのは、あまり事細かに指導をしなくても初めからデキル子と、指導無くしては殆ど何もデキナイ子が世の中に存在するという事実でした。 当たり前だろう!そんなことは。と言われてしまいそうですが、これは動かしがたい明々白々の事実でした。 ラグビーというスポーツ種目においてもそれは当てはまるということ。そして、愚息アランはその”デキナイ子”に属するということが父親である俺様あわわっちに突きつけられた現実でした。
アランが年中の2月の時点でワセダクラブに加入した際には、年少の4月からこのスクールに参加していた子とは2年近くのキャリアの差があったわけですが、キャリアの差というのはこのデキル/デキナイには無関係のようです。 見ていると長くやってる子が後から加入した子よりも常に上手だという構図は必ずしも成立しないですね。加入後一定期間の助走期間を経ると、その子のデキル/デキナイが顕著になってきます。事実年長時に加入した子で、あっという間に同学年で五指に数える実力を保持するに至るパターンもありました。
ここで申し上げたいのは、ラグビーがデキル、すなわち上手だってことが手放しに良いこと、素晴らしいことだと言っているのではありません。まして小学生のスクールにおける議論ですので尚更です。もちろんデキルに越したことはないですが、俺様が一人の父親として言いたいのは、最初はそんなにデキナクても、そこで諦めるのではなくて、一見すると苦手だなと思えたりする分野や、明らかに難しい課題に対して、どう挑んでいくかというプロセスを、演習問題として(この場合はラグビーになりますが)子供にどう体感してもらうか?そこにおいて親がどう関わることができるか?そのポイントで親接力が非常に求められるんではないかということです。
デキナイ子はそもそもモティベーションの維持が難しい(場合が多い)
アランは、年長時の12月ぐらいまでこのラグビースクールに行く度に泣いてばかりいました。 ラグビーが明らかに楽しくなさそうでした。下手くそで、2時間の練習中これといった好プレーを一切見せないばかりか、ちょっとでも痛かったり、思い通りに行かないことがあると、途中で練習を放棄してふて腐れグラウンドに座り込み、梃子でも動かず、それ以上練習に参加することを拒否するなんてことが毎週のように繰り返されていました。練習が終わって帰路に着く頃にはケロっと普段通りの態度に戻るのですが。
俺様自身がラグビー経験者であり、大好きなスポーツであるために、そもそも彼が下手くそなプレーヤー、デキナイ子であるという冷徹な事実を、まずは親としては認めることが出来ず(笑)、更には一生懸命やるならまだしも途中で放棄するというスタンスに、声を荒げて叱り飛ばすことしか出来ませんでした。「何でお前はそうなんだ?」と。
ワセダクラブでアランの2つ下の学年にお子さんを通わせている、俺様の会社ラグビー部の先輩O さんと当時良くこんな話をしました。一流のアスリートに早生まれの人が少ないという仮説が統計有意だという話があるとかないとか。 桑田真澄のような飛んでもない例外はあるにせよ、1月以降に生まれた子は、子供の頃から発育という観点でそのハンデを背負うために、どんな種目をやっても先に生まれた子の後塵を拝すことになり、その種目が楽しいという実感を得ることが出来ないままに大人になり、結果としてアスリートとして大成しないというのがその実態のようです。ウチのアランは1月生まれ。1月生まれのせいなのか、それとも俺様(身長163cm)の子だからなのかはともかく、スクールでも小柄の方でした。今でももちろん下から数えた方が早い身長です。
「早生まれアスリート大成しない説」の真贋の程はともかくとして、事実スクールで目立つプレーのできるデキル子というのは、他の子より身長が大きかったり、腕力が強かったり、あるいはズバ抜けて足が速かったりで、そういった身体的な特長を生かしてトライを量産するので、毎回とても楽しそうにラグビーをしていました。一方でアランは、ディフェンスではあっさり抜かれる。ボールを持つチャンスは来ない。たまに持ってもすぐ止められるで、全然楽しくなさそうです。
「動き方が分からない」と泣いて直訴
そんな折に、保育園生活について親子で色々すったもんだした際に、ある晩彼はラグビースクールのことについても号泣しながら叫びました。 「動き方が分からないんだよぉ。自分は座って見てるだけなのに、こっちはいつもいつも倒されて痛い思いしてるのに、ずるいじゃないかぁ。もっとアランの体に触りながら色々形とか教えてよぉ」 といった内容の主張でした。
この時私はハッと気付かされました。 これまでアランのラグビーにおけるプレーは、常にボールから遠いところにおり、試合の趨勢とは無関係に人工衛星のように無駄に動いており、ボールを持つ機会があっても軽いパニック状態のように足が止まって、相手の子にタックルされて倒されるという物でした。どうもこれは、ガッツがあるとか無いとかではなくて、どういったプレーを具体的に実行すれば良いのかが分からないんだということが見えてきました。親として、あるいはラグビー経験者として、息子のプレーの実体、息子のプレーが起こるメカニズムを読み取る力に欠けていたのでした。
大いに反省した俺様は、毎週の練習時に彼のプレーをビデオに収め、帰宅後に彼とそれをテレビに映しながら検分し、とにかくなるべく良かったところを無理やりにでもたくさん見つけるようにして、どう良かったのかを褒めてやり、悪かったところは(たくさんありましたが…汗)、具体的にどう悪かったのか、どうすべきだったのかを可能な限り詳細に説明し、それを修正するための基礎練習や、”型”といった物を示して実際にやらせました。
アランは、少しずつですが彼の言うところの「動き方」というTo-Be モデルを理解し、それを頭の中でイメージできるようになったようです。そして、そこへ向けての差分を意識して練習に臨むようになってくれました。 こちらとしても 「今度の練習では、これとこれをテーマにしてみようぜ!」 とアタックとディフェンスで1つずつ重点項目をピックアップして、次回の練習までの数日間や日曜の朝の往路で、課題を刷り込むようにしたつもりです。
デキル子とデキナイ子の差の実体: 直感力
そうこうしているうちに、アランが練習を途中で放棄することが無くなってきました。客観的に見ても痛いだろうなーという倒され方をするようなことがあっても、一切声をかけずとも数分間練習から外れて息が整うと、自分からまた参戦するようになってくれました。本人からもラグビー楽しいとか、こんなプレーしたいといった前向きな発言が目立つようになりました。 やるべきことが、対象オブジェクトとして以前よりハッキリイメージできるようになったので、明確なモティベーションを持てるようになったんだと思います。やるべきことが分からないのに、とにかく頑張れと言われ続けていた時代は終わったということです。良かった、良かった。
そこで色々と俺様もツラツラと総括的なことを考えてみたのですが、デキル子とデキナイ子との差というのは、身体能力の差というのももちろんありますが、どういったプレーをすべきなのか?というTo-Be モデルを、あまり教わらなくても直感的にイメージ出来る子と、ある程度細かくブレークダウンして説明してもらわなりとイメージできない子との差なんじゃないかと自分なりには結論付けました。
もともと身体能力の高い子が、直感力にも優れていれば、どういったプレーをすれば周囲を出し抜けるのか?がパッとイメージ出来る上に、それを実践できるわけですから、これはさぞ楽しいと思います。身体能力も低く、そういったあるべき姿も分からない子は、グラウンドに放り込まれても戸惑うばかりで、詰まらないと思います。
身体能力は、残念ながら動かしがたい事実として、ある程度持って生まれた才能に左右されるところも大きいと思うので、致し方ない側面があります。ただ、直感力の方はある程度補足的に何とかなりますので、あるべき姿のイメージを共有し、そこに至るまでの課題をブレークダウンして提示してやり、一個一個それを克服するための処方箋を一緒になって考えてやれば、少なくともモティベーションを維持して「楽しい!」と感じることは出来るんじゃないでしょうか?
親接力 = コーティングスキル(この場合は)
親は誰でも、自分の子が才能に恵まれていることを夢見ると思います。親として当然のことだと思います。 俺様もどうしてウチのアランは天才児じゃないんだろう?なんてことを考えちゃうことが良くあります。俺様自身が天才じゃないんですから、当たり前の成り行きです(笑)。
目の前の現実は、アランはラグビーの天才児ではない。直感力にも優れていない。 そういった(ある種の悲しい)事実を突きつけられた際に、親のエゴとしてそこにいたずらに怒りを覚えるのではなく、(親が勝手に設定した)期待通りのレベルに達していないメカニズムみたいなものを、目を凝らしてよーく冷静に分析して、それを改善していくために我が子とどうコミュニケーションをとったら良いか、どう指南したら良いかを考えて、辛抱強く前向きに積極的に介入して行く親接力。今回のラグビーという演習問題においては、一言で言えばコーティングスキルが問われるということが良く分かりました。
アランは今でも他の子と比較して決してラグビーのプレーが優れた子ではありませんし(残念!)、たまーに練習・試合を放棄することがありますが、総論毎週楽しくラグビーをしてくれているので、それで良しとしたいと思います。もちろん、こちらも親接力を高めようと励んでいます。
Tags: コーチングスキル, ラグビー, ラグビースクール, ワセダクラブ, 直感力