ストレスフルな世の中だと言われて久しいですね。 そこへ来て、不況が襲ってきてますから、ますます暗い気持ちになっちゃいますね。
2ちゃんねるの”痛いニュース”を見ていたら、「何故経済が豊かな日本で少子高齢化が進むのか?」というような記事を見かけた。
総務省の発表によると、4月1日現在の人口推計をベースとすると ・子供の数(15歳未満の人口)の絶対数:1714万人 →28年連続で減少 ・日本国内の総人口に占める子供の割合:13.4% →35年連続で減少 世界の主要31ヵ国の中で最低水準なんだそうだ。
この発表を受けて、ロサンゼルス・タイムズがネット版で記事として取り上げたところ、色々と反響があったんだって。先進国の中で唯一の国と言っても良いぐらい出生率が落ちていないアメリカの人にとっては不思議なのかも知れないね。
もちろん我々日本人にとっては、グダグダ考えるまでも無く、出生率が伸びない理由は直感的に明々白々で、一言で言えば、 「先のことが不安だから」 だよね。 そして、一番の不安要素はお金。
さて、こんな暗いことばっかり言ってても仕方が無いので、気分を切り替えていきましょう。 今日は気分を切り替えるためのコツのお話。
最近、雑誌等々を見ていると、 「笑うから楽しい」 的記事を割りと見かける。 あくまで割りとだし、主観的な話なので、決して絶対数は多くないと思うし、気にも掛けてなければそのまま見逃す可能性が大です。俺様が見かけたのは、臨床心理士や大脳生理学者の先生や、やり手のビジネスパーソンがそのようなことを書いていることが多いかな。
「笑うから楽しい」 は 「楽しいから笑う」 という我々の常識に対するカウンターメッセージ、アンチテーゼです。
普通の発想は、 楽しい気持ちだから笑顔もこぼれるし、楽しい事や可笑しい事があるから笑い声が出るって考えるんだけど、、、 そうではなくて逆に積極的に笑うことによってどんどん楽しい気持ちになりましょう!って考え方です。 楽しいから踊るじゃなくて、踊っているうちに気分が高揚して楽しい気持ちになるなんて言い替えても良いかも知れませんね。
これどういうことかと言うと、都会で生きている現代人は特にそうだと思うんだけど、知らぬ知らぬうちにデカルトの心身二元論的な発想の仕方、捉え方、世界観が染み付いてきちゃってると思うんだよね。 人間の本質、実体は精神です。精神が肉体を支配しているんです、って考え方。 楽しいという精神状態が、支配下にある肉体に笑うという動作、状態を作り出すという発想の流れです。 どんなに忙しくても、必ず時間を見つけて積極的にエクセサイズして、ワークアウトしている人は、一汗かいてスッキリ爽快!なんていうのを実感として持ち続けていると思うけど、普通の都会の現代人はそんなことないもんね。
俺様が見た記事では、「人類の進化の歴史を振り返ってみると、脳の発達は肉体の発達よりずっと後に起きてます。つまり脳は人体の中で新参者なのです。なので、脳が完全に肉体を支配していると考えるのは間違いです。肉体の動作によるフィードバックが脳に多大な影響を与えると考えても不思議は無いのです。」という説明をしていたものまであった。古いから支配者、新しいから被支配者っていうロジックがそもそも破綻している(だったら全ての西側諸国がアメリカよりエバッてて良いはずジャン?!)けど、言わんとしていることは分からないでもないし、この結論自体は正しいと思う。
俺様が言いたいことをもっとハッキリ書いちゃうと、 「人間は肉体的な行動をどんどん起こすことで、 精神状態をある程度コントロール することが可能なんじゃないか」 ということです。
最近俺様は、部署の大ボスの命令で、月曜日はその大ボス主催のミーティングに朝8時から出席している。月曜日の朝8時に会議を開催するというのは、小さい子供の子育てに関与したことが無い人の発想だよな!と正直憤りを感じなくもないのだが(笑)、そこはサラリーマン、グッと堪えて(泣)俺様の両親のヘルプを得ながら、子供達の保育園への送りは何とかマネージして、ミーティングに参加させてもらっている(月曜日の朝、エレベータでボスと一緒になったりすると、嫌味を言ったりするというささやかな抵抗はもちろん忘れてないぜ!)。
でっ、この会議への出席だけど、悪いことばかりではない。 俺様はもっと若くて、技術者としてバリバリ残業をしていたころは、朝早く会社にいると先輩に、 「何だ、あわわ、夕べは徹夜で会社に泊まったのか?」 と勘違いされるほど、基本的には夜型人間の俺様(こんなに早くからこいつが出勤する筈が無いってこと)なのだが、月曜日に朝早く出勤し、会議室に足を運び(自席とは別階で毎回異なる会議室で開催されることが通例)、報告内容を頭の中でまとめ、それをボスに対して実際に声に出して話すということをすると、気持ちがシャキっとしてくるんだよね。
実際に物理的な肉体を意図的に動作させることで、自身の精神を外からコントロールするようなイメージ。月曜朝一の会議のお陰で、良い感じで1週間のスタートを切れます。 目に付いた雑誌の記事でも、”歩く”、”実際に声を発する”っていうのは、頭のエンジンの回転数を上げていくには、ちょうど良いって書いてあった。
先日我が家に遊びに来てくれたWalter さんなんかも、どんどんジョークを飛ばしてホントに良く笑うよね。 我が家のダーツボードを見つけて、早速勝手にプレーして、次回来るときは勝負しようぜ!なんて言うので、 「そいつは構わないけど、 Nest time you should bring your big wallet. It must be full of money!」 って言ったら、ゲラゲラ笑ってたよ(笑) アフリカ系アメリカ人っていうのは、人生を楽しむ術を良く心得ているなぁ、我々より2枚も3枚も上手だななんて思った。
「笑うから楽しい。」 まんざら嘘じゃないと思う。結構真理だと思う。
最近、笑うようにしている。 もともと笑うのは大好きなので、特に努力も必要ないんだけど、いつも以上に声を出して遠慮なく笑うようにはしてるかな。 このブログを読んで、また俺様がケラケラ笑っているのを見かけたら、努めて笑っているのね!と思ってくださいませ。 笑う門には福来るってね。
Tags: デカルト, 二元論, 心身, 楽しい, 笑う, 精神, 肉体
ウォーリー (原題: WALL・E)観ました。 面白かったです。
デカルトの二元論に対するアンチテーゼ
舞台は人類がいなくなった29世紀の地球。 700年間一人ぼっちで生きてきた(?)、ウォーリーという名前のゴミ処理用のロボットのお話です。 陽気で人懐っこく、ちょっぴりコケティッシュなこのロボット、ウォーリーが、とうの昔に地球を捨てた人類と再会し、その未来の地球人に多大なる影響を与えていくっていうストーリーです。
はい、簡潔に言いましょう、さっすが、PIXAR です。 本作独自のキャラクターやストーリーという方言に関係なく、PIXAR ならではの共通語により、一定レベルの満足度が得られることは間違いありません。 過去にウッディやバズ・ライトイヤー、ライトニング・マックィーンという擬人化されたヒーローを生んできたこの製作会社が、今回のウォーリーをスターダムに押し上げるかどうかはこれからですかね?
今回、個人的に俺様がこの映画から強く感じたのは、二元論に対する真っ向からのNO! というメッセージです。 それを、肉体、精神のどちらも持たないWALL・Eというロボットが、面白おかしく提示していくという、ある種のパラドックスが楽しかったですね。
以下は、ちょっとネタバレですが、、、、
ダンスが魂を揺さぶる時、そこには生の肉体があるはず
29世紀の人類は、オデブちゃんばかりなんです。要はみんな肥満体なんです。 どうしてかって言うと、機械の高度な発達により、人類は歩く必要すら無くなったからです。 全員ソファーベッドみたいな地上数十センチに浮いたリクライニング・チェアに一日中乗っかっていて、どこに行くにもそれが自分の体を運んでくれるし、食事も勝手に作られて提供されるような世界が実現されているので、全く運動しないので太る一方なんです。
つまり、その未来の人類においての人類観、価値観というのは、完全にデカルトが提唱した二元論に基づいており、「精神」と「肉体」は全くの別物であると捉えられてるってことなんだと思います。 そこでは、人間の本質は非物質的なところに昇華された「精神」であり、「肉体」は付随的なモノに過ぎない。なので、肉体という物質的なモノの美醜は議論の対象外である。という人類観、世界観です。
でも、認知神経科学による医学的な説明を待たずしても、これって直感的に誤りだって分かりますよね。 「健全な精神は、健全な肉体に宿る」ってやつです。 精神は、机に座ってマンジリと考えることで高められていくって側面ももちろんありますが、体を動かしてその結果の疲労や達成感、爽快感、ホントの痛みとかによって高められていく側面もあるわけです。 この辺りは、「バカの壁」とかでの養老孟司先生の説明を読まれた方がスッキリすると思いますが(笑)
とにかく、精神至上主義という誤った方向でファイン・チューニングされた人類や、その価値観に対してアンチ・テーゼを突きつけるのが、(ホントは)肉体も精神も持たないロボットのWALL・Eだっていう、ちょっと皮肉めいた設定に、擬人化の仕事師集団のPIXAR ならではの匠の技があるな!とニンマリとしてこの映画を楽しみました。
お金払って見る価値ありですね。
Tags: PIXAR, アンチテーゼ, デカルト, バカの壁, 二元論, 擬人化, 精神, 肉体, 養老孟司