「マンマ・ミーア!」観ました。 Ooooops!
醜悪なドタバタ劇
ハッキリ言ってお勧めしません。 少なくとも、大金払って映画館で観る必要はありません。 後半になるに従って加速度的にその傾向が強まる醜悪なドタバタ劇に、正直ウンザリすると思います。
俺様自身があまりミュージカルが好きでないという点を差し引いて考えても駄作だと思います。 製作総指揮にトム・ハンクスが名を連ねている意味は何なんだ?
映画というのは、個人的には 「映画は現実より奇なり」 という点を如何にリアルに描けるか?という逆説的勝負で真価が問われるアートであり、そこのポイントにおいて脚本家や監督、あるいは出演者の腕を競い合うものと考えています。
誰かに恋をした時に、思わず踊りだしたくなるような気持ち、歌い出したくなるような気持ち、分かります。 悲しい思いをした時、辛い思いをした時、切ないメロディーに身を委ねたくなる気持ち、解ります。 自分や誰かを鼓舞したい時、ビートの効いたナンバーでシャウトしたくなる気持ち、判ります。 だから、それらをスクリーンを通して表現しようとした時、台詞を踊りとメロディーに乗せるという演出が、かえってその人々の心情を”リアル”に伝えるであろうという表現手法自体は否定しません。(つまり、ミュージカルだって立派なリアリティ演出手法だってこと)
でも、この映画のクオリティは低い。
「母子家庭で育った結婚間近の20歳前後の女性が、自分の父親は誰なのか?という自分のルーツを探る心の旅を思いついた時、その候補者が3人いた」というあらすじから俺様が想起するのは、秀作「スリーメン・アンド・ベイビー」、「スリーメン・アンド・リトル・レイディー」の20年後、15年後という後日譚である。同じ感想を抱いた方も多いんじゃないかな? あの2作の成功は、3人の男性(パパ候補)のキャラクターを丁寧な演出で描き上げたことに立脚しているんじゃないかな?だからドタバタさに裏付けが生まれ、観るものに”実感”という共感を生んだんだと思う。
でも本作では、ピアース・ブロスナン、コリン・ファース、ステラン・スカルスガルドという、(個人的に思うに)個性派実力者を3人も揃えながら、3人のキャラやルーツ及びバックボーンを示すヒントは、似合わないカツラを被った古い思い出写真っていうだけじゃ、何ともエッジが立ちませんよね。 特にステラン・スカルスガルドの扱いが残念でしたね。 「グッドウィル・ハンティング」で、虚栄の名誉など自分の人生を豊かにするためには何の役にも立たないということを薄々知りながら、どうしてもスノビッシュな態度を取り続けてしまい、ロビン・ウィリアムズ扮する旧友の自然体先生と反目しあう演技なんて、おおおお!って感じで、あの映画のリアリティを数段高めてましたよね。
本作、マンマ・ミーア!にはそういう丁寧な掘り下げるような演出がなくて、つまらないです。 誇張じゃなくて、観てて最後吐き気がしました(ごめんなさい)。
Tags: ミュージカル, リアリティ, 演出