この間友達と飲んだ。 俺様と同世代の友達なので、ゆうたら、どちらもアラフォー親父。 でもその時の会話は、何故かもっぱらお互いの将来の夢だった(笑) › 続きを読む
Tags: 夢
夢の話。 将来の夢じゃなくて、寝てる時見る方の夢。
“Sleeping very soundly on a saturday morning I was dreaming I was Al Capone.” (「土曜の朝の静けさの中、俺はアル・カポーネになる夢を見た」) という、めちゃくちゃイケてる歌詞で始まるのは、Queen のStone Cold Crazy という曲だが(ちなみに、Metallica によるカバーも有名ですよね)、今日、土曜日の朝の俺様の夢は、ハッキリ言って怖かった。 目が覚めたとき、ハーハーと息が乱れ、心臓がバクバクと鼓動していた。
どんな夢だったかと言うと、、、、
一言で言うと、漆黒の闇へと通じる地面に空いた巨大な穴を、その高低差に怯えながら下らなければならないという夢。
詳しく描写するとこんな感じ。
最初は会社にいた。 カフェテリアのような広い場所で、6人ずつ座れるようなテーブルが等間隔でいくつも配置されており、その一つで打ち合わせをしていた。 他の全てのテーブルでも打ち合わせをしているようだった。部屋全体がザワザワとうるさかった。 実際は、会社にそんな場所はないのだが、美人営業ピンキーが一緒にいたので、それは会社だったんだと思う。 まるで大部屋の中で大勢で研修を受けていて、この時間帯は数人ずつのグループに分かれてワークショップをしているかのような雰囲気である。 実は俺様あわわっちだけ、その段階で既に、この期の変わり目で他の部署への異動が言い渡されていた。そのことは俺様しか知らない。 部屋に女性アシスタントが入って来て、俺様達のテーブルに近づき、俺様の名前を告げた。 呼び出しである。ネガティブな雰囲気が覆う。 ピンキーが「何であわわっちだけ呼ばれるんですか?」と抗議した。 「良いんだ。突然異動が決まったんだ」とクールに言う俺。(ちょっとウェスタン風) 無表情を装うかのように部屋の出口のところまで行き、部屋全体を見回す俺様。 部屋は既に一体何事が起きてるんだ?起きようとしてるのか?という雰囲気で静まり返っている。 「長い間お世話になりました。」とだけ告げて、ペコリと頭を下げた。 引き戸の戸を開け外に出て、後ろ手に静かに戸を閉め、呼び出しに来たアシスタントと無言で部屋を去る。 閉じた扉の向こうから、「どうしたの?どうしたの?」という、この状況に対する筋の通った回答を求める声の数々が、くぐもって聞こえる。 部屋を出た後、アシスタントの先導で建物の階段を下る。 階段を下りているうちに女性アシスタントを見失ってしまい、俺様は一人ぼっちになってしまった。 いつのまにか、黒いビジネス用のキャリーケース(底に小さな車輪がついててガラガラ引きずるやつ)を手にしており、それはサイズ的にはさほど大きくは無いのだが、中にノートPC でも入っているのだろうか、結構重い。 早速着任先の部署に挨拶に行かなければならないのだが、それは別の建物なのか、交通手段を使って移動する距離なのかは不明だが、どうやら暗黙のうちに俺様はどこかに向かうことを指示されているようで、キャリーケースをガラガラと引きずりながら、建物の外に出た。 トボトボ歩いているうちに海岸に出たようで、足元が砂地になっていた。 九十九里浜のような一面砂浜という景色ではなく、どちらかというところどころに岩山が隆起しているような海岸地帯で、その急斜面をもつ小高い丘の数々は、天辺に木々が鬱蒼と生い茂っている。そのうちの一つ、高さ15メートルぐらいの岩山を右手に見ながらそれを回り込み、まさに波打ち際の砂浜に出たところで、そこに丹波哲郎がいた。 どうも丹波哲郎は、ウチの会社の相談役的重役なのかOBなようだ。 とにかく第一線は退いてはいる。以前は社内でかなりの影響力があったが、既に実質的な権限はもっと若い世代に委譲されている存在ということらしい。 「君にここに来てもらったのは他でもない。ちょっと個人的な頼みがあってね。」 と単刀直入に切り出された。 「ちょっと待ってください。私は異動先に挨拶しに行かなきゃならないんですよ。勘弁してください。」 と話をさえぎる俺様。 「そんなことは、私が言えばどうにでもなるんだよ。」 と、自身の影響力が依然強大であることを示唆する丹波氏。 とても丹波老師が現在もそこまで権勢を振るっているとは思えないし、面倒に巻き込まれるのも御免だったので、引き止める声もろくに聞かず砂浜を後にした。 丹波氏も意外とすぐに諦めて、俺様とは別方向に去っていき、すぐに姿が見えなくなった。 砂浜を後にすると、海岸道路に戻る道が分からなくなってしまった。 道に迷ったのだ。 来る時はあっという間に波打ち際まで出たのに、戻りはとても道のりが長い。 丹波氏と大慌てで分かれたことを少し後悔したが、今から言ってもしょうがない。 気付くと地面に大きな穴が空いているのが分かる。 直径数十メートルはあるだろうか。 深さは、計り知れない。暗くて底が見えないのだ。 穴の内壁は、砂が被っている箇所と岩肌が出ている箇所がある。 よく見ると岩肌は天然の岩肌と、人工的に組まれた黄土色の煉瓦壁との2種類があるようだ。 どうやら、古代に作られた巨大な煉瓦の建造物が、長い年月の末砂に埋もれ、今はこの穴からしかその内部を窺い知ることが出来ないような状況になっているようだ。 内部は綺麗な円筒形になっているわけではなく、非常に複雑な構造をしている。 その上、老朽化により相当量が崩れ落ちているため、座布団1枚分の煉瓦の塊から他の煉瓦の塊へ飛び移るように下っていくしか手は無い。 何故俺様はこの大きな穴を、リスクを冒しながら下っていかなければいけないのかが良く分からない。しかも、重いキャリーケースを抱えながら。 丹波氏の姿はもうどこにも見えない。 丹波氏を邪険に扱った罰なのだろうか。 1メートルぐらいの高低差のあるジャンプ・ダウンを幾つか勇気を振り絞って敢行したところで、俺様は不覚にもキャリーケースを落としてしまった。 複雑な構造体のせいで陰になり見えなかっただが、15メートルぐらい下に広場のようになっているような場所あるようで、キャリーケースはそこに落ちた。パソコンは無事だろうか。 取りに行かなければ。 何故この漆黒の闇にと繋がる穴を下らなければいけないのかという疑問を抱えながらここまでジャンプを繰り返してきたが、さし当たってキャリーケースがある広場までは下らなければという状況になってしまった。 気付くと周囲には外人ばかりいる。しかも白人の学生風の人たちばかり。 どうやらこの穴は観光名所らしく、外人が自身の運動能力や勇気を証明する名所として、キャッキャッキャッキャ言いながら、煉瓦の塊から煉瓦の塊へのジャンプを繰り返している。 俺様もそんな流れの中で数回ジャンプをしたが、これ以上はもう飛び移る候補地がないという状況に追い込まれてしまった。 飛び移るには遠すぎるのだ。 3メートルぐらい離れ、こちらから1.5メートルぐらい低い箇所がある。 ざっと見渡すと、広場に下りるための道筋はこのルートだけである。 長身の外人が1人、このジャンプを成功させた。 目測では俺には無理だ。 「このジャンプに失敗したら、下まで落ちる。良くて大怪我、悪くて死」 と判断する。 でも、キャリーケースを取りに行かなければ。 息が乱れてくるのが分かる。手に汗をかき始めるのが分かる。
最初は会社にいた。 カフェテリアのような広い場所で、6人ずつ座れるようなテーブルが等間隔でいくつも配置されており、その一つで打ち合わせをしていた。 他の全てのテーブルでも打ち合わせをしているようだった。部屋全体がザワザワとうるさかった。 実際は、会社にそんな場所はないのだが、美人営業ピンキーが一緒にいたので、それは会社だったんだと思う。
まるで大部屋の中で大勢で研修を受けていて、この時間帯は数人ずつのグループに分かれてワークショップをしているかのような雰囲気である。 実は俺様あわわっちだけ、その段階で既に、この期の変わり目で他の部署への異動が言い渡されていた。そのことは俺様しか知らない。
部屋に女性アシスタントが入って来て、俺様達のテーブルに近づき、俺様の名前を告げた。 呼び出しである。ネガティブな雰囲気が覆う。 ピンキーが「何であわわっちだけ呼ばれるんですか?」と抗議した。 「良いんだ。突然異動が決まったんだ」とクールに言う俺。(ちょっとウェスタン風)
無表情を装うかのように部屋の出口のところまで行き、部屋全体を見回す俺様。 部屋は既に一体何事が起きてるんだ?起きようとしてるのか?という雰囲気で静まり返っている。 「長い間お世話になりました。」とだけ告げて、ペコリと頭を下げた。 引き戸の戸を開け外に出て、後ろ手に静かに戸を閉め、呼び出しに来たアシスタントと無言で部屋を去る。 閉じた扉の向こうから、「どうしたの?どうしたの?」という、この状況に対する筋の通った回答を求める声の数々が、くぐもって聞こえる。
部屋を出た後、アシスタントの先導で建物の階段を下る。 階段を下りているうちに女性アシスタントを見失ってしまい、俺様は一人ぼっちになってしまった。 いつのまにか、黒いビジネス用のキャリーケース(底に小さな車輪がついててガラガラ引きずるやつ)を手にしており、それはサイズ的にはさほど大きくは無いのだが、中にノートPC でも入っているのだろうか、結構重い。
早速着任先の部署に挨拶に行かなければならないのだが、それは別の建物なのか、交通手段を使って移動する距離なのかは不明だが、どうやら暗黙のうちに俺様はどこかに向かうことを指示されているようで、キャリーケースをガラガラと引きずりながら、建物の外に出た。
トボトボ歩いているうちに海岸に出たようで、足元が砂地になっていた。 九十九里浜のような一面砂浜という景色ではなく、どちらかというところどころに岩山が隆起しているような海岸地帯で、その急斜面をもつ小高い丘の数々は、天辺に木々が鬱蒼と生い茂っている。そのうちの一つ、高さ15メートルぐらいの岩山を右手に見ながらそれを回り込み、まさに波打ち際の砂浜に出たところで、そこに丹波哲郎がいた。
どうも丹波哲郎は、ウチの会社の相談役的重役なのかOBなようだ。 とにかく第一線は退いてはいる。以前は社内でかなりの影響力があったが、既に実質的な権限はもっと若い世代に委譲されている存在ということらしい。 「君にここに来てもらったのは他でもない。ちょっと個人的な頼みがあってね。」 と単刀直入に切り出された。 「ちょっと待ってください。私は異動先に挨拶しに行かなきゃならないんですよ。勘弁してください。」 と話をさえぎる俺様。 「そんなことは、私が言えばどうにでもなるんだよ。」 と、自身の影響力が依然強大であることを示唆する丹波氏。 とても丹波老師が現在もそこまで権勢を振るっているとは思えないし、面倒に巻き込まれるのも御免だったので、引き止める声もろくに聞かず砂浜を後にした。 丹波氏も意外とすぐに諦めて、俺様とは別方向に去っていき、すぐに姿が見えなくなった。
砂浜を後にすると、海岸道路に戻る道が分からなくなってしまった。 道に迷ったのだ。 来る時はあっという間に波打ち際まで出たのに、戻りはとても道のりが長い。 丹波氏と大慌てで分かれたことを少し後悔したが、今から言ってもしょうがない。
気付くと地面に大きな穴が空いているのが分かる。 直径数十メートルはあるだろうか。 深さは、計り知れない。暗くて底が見えないのだ。
穴の内壁は、砂が被っている箇所と岩肌が出ている箇所がある。 よく見ると岩肌は天然の岩肌と、人工的に組まれた黄土色の煉瓦壁との2種類があるようだ。 どうやら、古代に作られた巨大な煉瓦の建造物が、長い年月の末砂に埋もれ、今はこの穴からしかその内部を窺い知ることが出来ないような状況になっているようだ。
内部は綺麗な円筒形になっているわけではなく、非常に複雑な構造をしている。 その上、老朽化により相当量が崩れ落ちているため、座布団1枚分の煉瓦の塊から他の煉瓦の塊へ飛び移るように下っていくしか手は無い。 何故俺様はこの大きな穴を、リスクを冒しながら下っていかなければいけないのかが良く分からない。しかも、重いキャリーケースを抱えながら。
丹波氏の姿はもうどこにも見えない。 丹波氏を邪険に扱った罰なのだろうか。 1メートルぐらいの高低差のあるジャンプ・ダウンを幾つか勇気を振り絞って敢行したところで、俺様は不覚にもキャリーケースを落としてしまった。 複雑な構造体のせいで陰になり見えなかっただが、15メートルぐらい下に広場のようになっているような場所あるようで、キャリーケースはそこに落ちた。パソコンは無事だろうか。 取りに行かなければ。
何故この漆黒の闇にと繋がる穴を下らなければいけないのかという疑問を抱えながらここまでジャンプを繰り返してきたが、さし当たってキャリーケースがある広場までは下らなければという状況になってしまった。 気付くと周囲には外人ばかりいる。しかも白人の学生風の人たちばかり。
どうやらこの穴は観光名所らしく、外人が自身の運動能力や勇気を証明する名所として、キャッキャッキャッキャ言いながら、煉瓦の塊から煉瓦の塊へのジャンプを繰り返している。 俺様もそんな流れの中で数回ジャンプをしたが、これ以上はもう飛び移る候補地がないという状況に追い込まれてしまった。 飛び移るには遠すぎるのだ。
3メートルぐらい離れ、こちらから1.5メートルぐらい低い箇所がある。 ざっと見渡すと、広場に下りるための道筋はこのルートだけである。 長身の外人が1人、このジャンプを成功させた。 目測では俺には無理だ。 「このジャンプに失敗したら、下まで落ちる。良くて大怪我、悪くて死」 と判断する。 でも、キャリーケースを取りに行かなければ。
息が乱れてくるのが分かる。手に汗をかき始めるのが分かる。
と、ここで目が覚めた。 ハーハーと息が乱れ、心臓がバクバクと鼓動を打っているのが分かる。
夢ってシュールですよね。 今日の夢は特に、村上春樹ばりの世界観でした。
これって、どういう夢診断になるんだろうか? ちょっとGoogle 検索してみましたが、高いところ(崖の上とかビルとか塔の天辺)から落ちる、落ちそうになるって夢についての解説はあるのですが、 ・高いところから下に落ちるかもという状況になる ・(そもそも)穴を下っていく といった類とは、ちょっと違うのかな?って感じです。 あと、夢に丹波哲郎が出てくるっていうのは何を暗示してるんですかね?(笑)
とにかく怖かった。
Tags: 丹波哲郎, 夢, 診断, 高所
今日俺様は泣いてしまいました。 朝、通勤時、電車(JR総武線)の中で涙ぐんでしまったのです。 Podcast を聞いていて、その内容にグッと来てしまって、泣きました。
“涙もろいくせに、ビックリするぐらい鈍感なところがある” というのが、俺様の周囲の女性の俺様に対する共通の見解であるのだけれど(笑)、 俺様が涙もろいのは確かな事実のようだ。 どうも多分に漏れず人の親になってから、つまり第一子が生まれた約7年前から、(尚更)涙もろくなったような気がする。
ちょっと脱線するけど、親であるということと涙もろさの関係については以前こんなことがあった。 会社の同期が結婚した時の話(2人とも俺様の同期)。 俺様は式から呼んでもらって、俺様にとってとっても大切な二人の門出をお祝いしておりました。
披露宴では、2人の会社同期の友人達は、2つのテーブルに分かれて着席していたんだけど、宴も酣となり新婦が自身のお父様に宛てて手紙を読み上げました。 こんな内容だったと記憶している。
大好きなお父さんへ 結婚式でお父さんに手紙を書いて、それを読み上げるなんて、とってもダサいので私は絶対にやらないことだと思って生きてきました。もし私が10年前に結婚していたら、事実その通り、決してやらなかったと思います。 でも、今、私なりに色々と考えてみて、お父さんへの感謝の気持ちを伝えるのに、手紙を書いて、それを読むというのが一番想いが伝わる最良の手段だと思うので、思い切ってそうします。 (中略) 子供の頃、三輪車が欲しいとおねだりしたところ、お父さんは材木を買ってきて、自分でそれを切って、三輪車を作って私にプレゼントしてくれましたね。 私は周囲の友達のように、キティーちゃんやキャンディー・キャンディーの可愛い絵が付いた三輪車が欲しかったし、そのようにお父さんに泣いて訴えましたね。 でも、今になって思うと、あれは世界でたった一つのオリジナルの三輪車だったんだな、そんな”私だけのための”三輪車をプレゼントしてもらえる幸せな子なんて、めったにいないんだなということに気付きました。 (後略)
この話を聞いて、もちろんのこと俺様は顔をグチョグチョにして、鼻水を垂らして泣いてしまいました。 ズッズッと洟をススりながらね。(彼女は俺様達の会社を辞めて、プロの物書きになったので、文章が素晴らしいのはある種当たり前なんだけどね・笑) 涙で霞む目で何とか周囲を見ると、俺様と同じテーブルに着いている野郎共も、皆一様に泣いていました。
でも、、、 隣の同期のテーブルでの泣き具合はそれ程でもありませんでした。
俺様と同じように泣いていた俺様のテーブルの1人が、 「俺、俺、娘が生まれてから、この手の話に弱いんだよな。グスっ、グスっ(泣き)」 と、搾り出すようにポツリと言いました。
そうなんです。 よーく考えてみると、俺様のテーブルの面々は皆既婚で子持ち。隣のテーブルの大半は未婚か、もしくは既婚だけどまだ子供がいないというメンバー構成になっていて、そのコンテキストの違いがモロに出た結果だったようです。
子持ちと涙もろさの関係については、実のところどうでも良いですし、言い訳って言えば言い訳なので、話を本題に戻しますね(笑) とっても良い手紙だったので、ちょっと紹介したかっただけです。へへへ。
本題。 最近聞いているPodcast でESL Podcast というのがあります。 ご存知の方も多いですよね、きっと。 「English as a Second Language」ってテーマの、英語教育用のPodcast です。
俺様のように、英語力を上達させたいんだけど、今現在はそんなに実力が無いって人が、速聴とかに取り組んでもシンドイだけで長続きしないので、それなりにゆっくりのスピードで内容をしっかりと理解し、その内容もじっくりと楽しみながら英語力を鍛えるっていうことを主眼にしていると俺様は理解しています。 (ウェブサイトが、http://eslpod.com/ となりますので、ご興味のある方はどうぞ。)
配信されるPodcast が2回に1回、English Cafe というサブタイトルになり、その中では1つか2つトピックを決めて、そのトピックに関する内容を英語で説明してくれます。 トピック自体がとても興味深いものが選択されているので、英語学習と合わせて、とてもその理解が楽しいものとなるように工夫されています。
で、その163回目のEnglish Cafe のトピックの1つが「Make-a-Wish Foundation」というアメリカの基金の紹介でした。 このMake-a-Wish Foundation というのは、(俺様の英語の理解が正しければ)不治の病で、不幸なことにそんなに長く生きられないであろう子供に、たとえ一時であっても夢を叶えることを手伝ってあげ、病の苦しみを片時でも忘れられるようにするための基金です。
このMake-a-Wish Foundation は、1980年代初頭に設立されたそうです。 設立のキッカケは、Christopher という名の7歳の少年が、不治の病に掛かっていて(病名は英語では良く分からなかった)、余命幾許も無いことが残念ながら分かっていました。 彼は警察官であるお母さんの影響で、彼自身の将来の夢も警察官になることだったそうです。
お母さんがコネを使って色々と手配したようで、彼はある日ヘリコプターに乗って警察署に行き、そこでセレモニーによる歓待を受け、(1日)名誉警察官になることで、その夢を叶えたそうです。
2日後に彼のサイズに合わせて設えた警官の制服が病院に届き、非常に喜んだようですが、更にその2日後にChirstopher は不幸にも帰らぬ人となってしまったとのこと。
彼の死後、Chirstopher のお母さんが発起人となって、同じような境遇の子供が、たとえ一瞬であったとしても、その望みを叶える事で、片時でも自身の過酷な運命を忘れることができるようにと、その支援をする基金である、このMake-a-Wish Foundation を設立したんだって。
もぉ、こんなん聞いたら、泣くでしょ?普通。 もー、電車ん中だろうが、トイレの中だろうが、霧の中だろうが、海の中だろうが、 この話を聞いたら泣きますよ、普通。
この話を聞いて、グッと来ない奴とは、俺様友達になる自信ないね。 朝から、そんな気持ちで今日(日付変わって昨日)を過ごしました。
Tags: ESL, Make-a-Wish Foundation, Podcast, 基金, 夢, 手紙, 死, 涙, 英語