この4月から昨年度までとは別の学童子供クラブに転入したウチの長男アラン(小2)。 新しいクラブにとっても気合が入っている先生がいらっしゃって、中々清清しい。
クラブからの5月号のお便りは、かいつまむと以下のような内容でした。
「クラブは第2の家庭」という認識で、その役目を全うしようと努めています。 まずは、クラブが楽しいと思ってもらうこと。 そのためには、そのクラブという社会で一人一人が”認められる”という体験を実感してもらうことが大事。 これがベースとなって、自我やエゴとの葛藤を乗り越えることが出来る。 そして、自身を律する道徳的な言動を習慣付けられる。
といった内容である。 凄いでしょ?
俺様が最も共感、感心したのは、
これを遂行するに当たって、 ・まずは指導員がそのモデルとなること。 ・モデルになるにあたっては、正しい言葉遣いをする。
と結ばれていた点だ。
「正しい言葉遣い」、 置き去りにされてませんか?
福澤先生じゃないけれども、やはり教養というのはその人の人生を豊かにする宝物だし、端的にその人となりを判断する指標として、”正しい言葉遣い”というのは重要だと思う。 他人から信頼を勝ち取る第一歩は正しい言葉遣いと言っても過言ではないと思っている。 俺様の日本語が素晴らしいと言っているのではなくて(実のところ怪しい…)、自戒の念も込めて再考してみましょうよというお話です。
レストランに行って、席に通されて 「こちらの席でよろしかったですか?」 なんて言われると、 「よろしかった訳じゃないけど、よろしいですよ」 なんて応えそうになる。 いざ料理が運ばれてきて 「ペペロンチーノの方でお待ちの方?」 なんて聞かれると、 「ペペロンチーノ地方で待って訳じゃないけど、ペペロンチーノを待ってました」 なんて言いたくなる時が稀にある。(ちょっと偏屈かな?笑)
言語はコミュニケーション手段であり、かつ生き物なので、発信者と受信者のコンセンサスが取れている意味が正しい意味って言う、文化人類論的アプローチもあるんだけどね。
以下は良く誤用される日本語例 ・情けは人のためならず 情けを掛けすぎるのは、最終的にはその人を甘やかすことになるので良くない 人に掛けた情けは、いずれは巡り巡って自分に返ってくるものなのですよ(積極的に他人に情けをかけなさい)
・気の置けない仲 信用できない相手 気を遣うことのないぐらいの仲良し
・役不足 役者(人材)の能力 < 役柄(役割)の難易度 役者(人材)の能力 > 役柄(役割)の難易度 (”役”の方が不足している)
・「弊社」と「当社」 「こちらが弊社が開発した製品です。」 「こちらが当社が開発した製品です」 ※ 弊社という表現は文語であり、口語では当社というべき。貴社と御社の関係と同じ。
あんまり細かいことを気にし過ぎるのも本末転倒だけど、年配の方で口うるさい人もいるからね。 まあ努めて正しい日本語を用いようとはしています。
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