多分に漏れず忌野清志郎さんの死について。 以下、ごくごく個人的な偏見と思い込みに満ちた想い。
清志郎さんの死についての報道を見て、正直違和感を覚えた。 「ロックの神様の死」 という論調が大半だったからだ。
忌野清志郎さんは、”ロックの神様”だったのだろうか? “日本の”というスコープ限定を前提条件にしても、それは違うんじゃないかなぁ? なんて正直思った。
1972年生まれの俺様にしてみると、RCサクセションというバンドは実感を伴っては良く分からないというのが本音で、「雨上がりの夜空に」も「トランジスタ・ラジオ」もリアルタイムで聴いた記憶はない。 自身の生の記憶としてあるのは、所属の東芝EMIと揉めに揉めた「Covers」とか「Baby A Go Go」ぐらいからである。 今になって聴き返してみても(実際に聴き直してみたんだけど)、単純にサウンドとしてこれがロックかなぁ?と思う。
そんな折に、日経新聞に掲載された音楽評論家の渋谷陽一さんによる、清志郎さんの死についての記事を目にした。 詳細はその記事自体をご覧をいただかないことには話にならないのだけれど、俺様なりに要旨をかいつまむと、 ・派手な衣装やファッションに目が行きがちだが、その裏で本人の中に思想が確立されていたという点 ・依頼された仕事をキチンとこなすという点では、正真正銘のプロフェッショナルであったという点 が、同時代を生きた人にしか分からない実感を伴って書かれていたように思う。
渋谷氏は「ぼくの好きな先生」という初期の作品を取り上げて、普通ロックをステレオタイプ的に理解するなら、 先生 = 体制や規範の象徴 = ロックの敵 という解釈が先に立って、こんな曲は書かないのでは?と述べていた。 腰がブレない清志郎さんならではのアプローチだと。 彼の確立された思想の前では、そんな固定的な構図は瑣末なことなのだと。
そんなこんなもあった上で、Youtube で古い映像を観たら、グッと来た。かなりグッと来たね。 観たのは、Timers 時代の映像や「Summer time blues」「Love me tender」なんだけど、派手なファッションや言葉遊びと共に、こんな風に主張してたのねと再認識。 (FM東京(現Tokyo FM?)をフジテレビの生放送で”オ○○コ野郎”呼ばわりしてるのなんて強烈!)
Timersの過激派的ファッションで、鼻に付きすぎないように自身で上手ぁーく茶化している、微調整しているあたりのセンスに感服してしまった。 期せずしてか、単なる偶然か、「癌になりたくねぇ」とか「長生きしてぇなぁ」なんて歌い上げているのを耳にして、ウルウルっと来たりもした。
政治も左派中道か右派中道の選択肢しかないというような、イデオロギーの対立が消滅した時代、政権選択も経済性の方法論選択に主眼が置かれるこのご時勢、 「思想というものを楽曲を通して主張した最後のロックスターの死」 なのかもしれない。
故人のご冥福を心よりお祈りします。
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