記念すべき俺様の100回目の投稿は、シリーズで「カンセイの法則」について書きたいと思います(^^)
ma = F の慣性ではなく、大声を上げる歓声でもなく、住宅地の閑静でもなく、コンプリートの完成でもない。 「感性」のお話。
師匠との再会での気付き
先日会社であるオッサンが1時間半ほど講演をしました。 「ビジネスパーソンとして生きるということ」みたいな壮大な(?)テーマだったのですが、非常に面白い内容だったです。
そのオッサンは、もともとウチの会社に勤めていた人で、数年前に部長待遇でお客さんの会社に転職しちゃいました。 ウチの会社にいたときに良く一緒に仕事をさせてもらってたんだけど、ビジネスパーソンとして今の俺様があるのは、その人のお陰と言っても過言ではないぐらいの、俺様の師匠ですね。ってゆーか、人生で多大なる影響を受けた方の一人です。
本人はあんまり、というかたぶん全く、俺様に何がしかの指導をしたという認識は無いと思うけど、ビジネスパーソンとしてのマインドセットの持ち方であるとか、サラリーマンとしての組織の中での振舞い方とか、お客様とのやり取りの中での目の付けどころとか、発注者側の常識=受注者側の非常識とか、それまで誰も教えてくれなかった、示してくれなかったポイントの数々を実践として見せてくれました。 そして、当時色々と迷っていた俺様を、結果的に物凄く励ましてくれました。
なんて言うのかなぁ、その人は良い意味で生きるルールが違うんですよ。枠組みが違うんです、他の人と。 「個性なんて、出そうとして出すもんじゃない。出そうとして出せるものなんて個性ではない。自分は至って普通の人間だと思っている奴が、普通にやっているのに、どこか違ったモノがにじみ出てしまう。そういうものが個性の本質だ」なんて良く言ってます。
ルール無用のアウトローっていうタイプじゃないんです。むしろ、節度を弁えなさいとか、礼儀正しい人なんです。本人は自身のことを、正規軍ではなくて枠組みにとらわれずに一定の戦果を出すゲリラ隊長だって言ってますが、一緒に仕事をしていると、すごく刺激されて自分の視野がどんどんと広くなっていくのが分かるんです。 こんなことしてみようかな?こんなチャレンジしてみようかな?こんな仮説に基づいて、こんな検証的活動をしてみようかな?って、より広い土俵での勝負を仕掛けていきたくなる気持ちになるんですよね。 手垢が付いた言い方をすると、ポジティブなんです。そしてそれが周囲に伝播するんです。
この適切な表現を思いついたのはずっと後のことですが、とにかく周囲が影響を受けて「感性」が開くんです。 ご本人は毛穴が開き過ぎてハゲてるんですけどね。 「山より大きな猪は出ない」をパクって、「頭より大きなハゲは出来ない」なんて言ってますけど。
その講演で久しぶりの師匠の話をじっくりと聞いて、 最近ちょっと俺様、頭では「感性」を意識してたけど、少し視野が狭くなっていたような気がする。 もっと目を見開いて、もっと自分の活動のアジリティを上げる余地があるはずだ!と気付かされました。
とにかく、今回はそんな「感性」のお話。
仕事は感性が命
仕事に一番重要なのは、「感性」なんじゃないかな? と最近強く感じます。 「仕事は感性が命」と。 それがカンセイの法則。 シンプルにただそれだけ。
もちろん、仕事に一番大事なのは体力だよという方もおられるかもしれない。いやいや、そんなメンドクサイ途中経過の議論はすっ飛ばして、とにかく金が稼げるかの結果が全てだよと断言する方もおられるでしょう。 ずばりパッション、情熱が全ての源だよという見方もあるし、運とか巡り会わせがないと話にならないって結論付けてる方もおられるでしょう。
全部正しいと思います。全て真理だと思います。 健康な人が情熱を持って、仕事である以上しっかりとお金という実績を、運を引き寄せながら出すというのは、とても自然な仕事のあるべき姿です。 ただ、最近俺様が一番しっくり来る説明というか、目線の置き方というか、よりプリミティブな前提条件がクリアされている仮定で枝葉末節をそぎ落として考えた際に、 「仕事におけるキーファクターは『感性』だ」 という発想を大事にしているということです。
この考え方、実は多分に明治大学の斉藤孝教授の影響を受けている。 斉藤先生は、趣味なのか仕事なのか、お金を貰ってなのかボランティアでなのかは分からないが、企業、普通の営利活動を営む企業の会議に同席させてもらうことが多いそうだ。客員コンサルタントみたいなイメージなんですかね?
会議に同席して、参加者、特にファシリテータ(通常は、その会議で一番高位の人間)を観察するんだそうです。 そして、良いファシリテータというのは会議の出席者の「感性」を開く、当事者意識を持たせる、着想・発想の自由度を高める工夫を会議中に仕掛けるんだそうです。駄目なファシリテータというのは、( 一方的に硬直した情報を垂れ流し)出席者の「感性」をどんどんと閉じてしまうような会議の進め方をしてしまうんだそうです。
この話、初めて読んだ時、斉藤先生が分かり易い具体的な例示と共に説明されていたこともあり、すごく腹落ちして納得しました。優れたリーダー、指導者の一つの側面として、導かれる者の感性をどれだけ開けるか?というのが一つのポイントとして挙げられると理解した。
やはり、やるからには感性全開でよい仕事をしたいと思う。なるべく色んなアイデアを盛り込むようなクリエイティブな仕事がしたいです。 もう少し話の風呂敷を広げちゃうと、アイデアを盛り込めるような余地があるようなチャレンジングな仕事に、いつまでも従事したいという思いもあります。そういう場に身を置き続ける中長期的な努力も含めて。 ピカソのような三次元空間の捉え方、フェルメールのような空気感の描写、モーツァルトのような長調・単調の混在といった、100万人に1人クラスの感性が爆発しないまでも、サラリーマンはサラリーマンなりの感性があって良いはずだ!と(笑)、庶民は庶民なりに思うわけです。
上述の俺様の師匠は、「60代こそクリエーティブ!」みたいなことをその講演で言ってました。 5年ぐらい前に初めてこの話を師匠から聞いたときは、「50代こそクリエーティブ!」と言っていたような気がしますが、本人が5年分の年を取ったせいで、ちょっと延長されたんでしょう(笑)
どういうことかというと、斬新な発想、新しいアイディアというのは確かに固定概念にとらわれない若い人の方が出るかもしれないが、若い人は、 1. 古いもの、あるいは既存の常識とされているものへの理解が低いので、 新しいものの新しさや際立つ価値に気付かない可能性が高い 2. どんなに素晴らしいアイディアを思いついても、それらは具現化されなければ意味が無い。 アイディアが実際に存在するオブジェクトになったり、実ビジネスに結び付けられて初めて 真の価値を生むわけで、それには行動力とか指導力とか影響力とかが、いざアイデアを 実装しようとした時に、実務上の問題として必要となる ので、むしろ経験を重ねた50代、60代の方が創造性溢れる仕事を実績として残しているケースが多い。 というのがその主張の主旨である。 カーネル・サンダースもケンタッキー・フライド・チキン を創設したのは60代の時だと師匠は言っていたが、これは本当かな???
KFC の例はともかくとして、老いて益々盛んという黄忠状態はこちらも望むところである!!
(次回へとつづく)
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