PIXAR

ウォーリー

2008年11月28日(金曜日) | 映画レビュー | 3件のコメント

ウォーリー (原題: WALL・E)観ました。
面白かったです。

デカルトの二元論に対するアンチテーゼ

舞台は人類がいなくなった29世紀の地球。
700年間一人ぼっちで生きてきた(?)、ウォーリーという名前のゴミ処理用のロボットのお話です。
陽気で人懐っこく、ちょっぴりコケティッシュなこのロボット、ウォーリーが、とうの昔に地球を捨てた人類と再会し、その未来の地球人に多大なる影響を与えていくっていうストーリーです。

はい、簡潔に言いましょう、さっすが、PIXAR です。
本作独自のキャラクターやストーリーという方言に関係なく、PIXAR ならではの共通語により、一定レベルの満足度が得られることは間違いありません。
過去にウッディやバズ・ライトイヤー、ライトニング・マックィーンという擬人化されたヒーローを生んできたこの製作会社が、今回のウォーリーをスターダムに押し上げるかどうかはこれからですかね?

今回、個人的に俺様がこの映画から強く感じたのは、二元論に対する真っ向からのNO! というメッセージです。
それを、肉体、精神のどちらも持たないWALL・Eというロボットが、面白おかしく提示していくという、ある種のパラドックスが楽しかったですね。

以下は、ちょっとネタバレですが、、、、

ダンスが魂を揺さぶる時、そこには生の肉体があるはず

29世紀の人類は、オデブちゃんばかりなんです。要はみんな肥満体なんです。
どうしてかって言うと、機械の高度な発達により、人類は歩く必要すら無くなったからです。
全員ソファーベッドみたいな地上数十センチに浮いたリクライニング・チェアに一日中乗っかっていて、どこに行くにもそれが自分の体を運んでくれるし、食事も勝手に作られて提供されるような世界が実現されているので、全く運動しないので太る一方なんです。

つまり、その未来の人類においての人類観、価値観というのは、完全にデカルトが提唱した二元論に基づいており、「精神」と「肉体」は全くの別物であると捉えられてるってことなんだと思います。
そこでは、人間の本質は非物質的なところに昇華された「精神」であり、「肉体」は付随的なモノに過ぎない。なので、肉体という物質的なモノの美醜は議論の対象外である。という人類観、世界観です。

でも、認知神経科学による医学的な説明を待たずしても、これって直感的に誤りだって分かりますよね。
「健全な精神は、健全な肉体に宿る」ってやつです。
精神は、机に座ってマンジリと考えることで高められていくって側面ももちろんありますが、体を動かしてその結果の疲労や達成感、爽快感、ホントの痛みとかによって高められていく側面もあるわけです。
この辺りは、「バカの壁」とかでの養老孟司先生の説明を読まれた方がスッキリすると思いますが(笑)

とにかく、精神至上主義という誤った方向でファイン・チューニングされた人類や、その価値観に対してアンチ・テーゼを突きつけるのが、(ホントは)肉体も精神も持たないロボットのWALL・Eだっていう、ちょっと皮肉めいた設定に、擬人化の仕事師集団のPIXAR ならではの匠の技があるな!とニンマリとしてこの映画を楽しみました。

お金払って見る価値ありですね。

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