皆さん、明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。
さて、俺様ことあわわっちですが、年末からずっとThe Godfather のDVDを観てます。 新年一発目は、そのお話。
実は俺様クリスマス(12月25日)が誕生日でございまして、昨年のクリスマスに The Godfather The Coppola Restoration というDVDセットをGet しました。 えへへ、ご褒美、ご褒美。 で、これを少しずつ観てます。
俺様、こう見えても実は(自称)映画ファンでございまして、数多くの映画を観てきましたが、その中でもとりわけ、ってゆーか個人的なNo.1 は何と言っても、この The Godfather です。 いままでDVD 等を持っていなかったことが不思議なぐらいです。 昨年10月ぐらいですかね、このセットがリリースされて、各作品公開当時のシンプルな編集で、かつ特典映像があるってことでずっと入手を検討しておりました。
お誕生日に入手して以来、差し当たりPart 1 とPart 2 を観て、続いてPart 2 をコッポラ監督の解説音声付で観て、更にPart 1 をこの解説音声付きで観ました。そんなこんなで新年を迎えております、はい。
文化人類論的見地に立って言うと、不思議と言うか、悲しいかなというか、いつも思い当たることがあります。 それは、子供が出来ると、親としての個人的な趣向というのはホントに後回しになってしまうということです。 もちろん、個人的な差異というのは存在するはずなので、賛同される方もいらっしゃるでしょうし、否定される方もおられるでしょう、ただ個人的なことを言うと、ロックとハリウッド映画とラグビーというのが、若き日の俺様の人生に多大な影響を与えた三大要素で、それらと俺様との蜜月は永遠だろうと感じていました。 しかし結婚して子供が出来て、しかも立て続けに子供が出来ちゃったりすると、それらを楽しむ時間なんてとてもありません。気持もあまりそちらに向かなくなります。 これは何故なんでしょうね?
そんなこんなで、あれだけ名作と思っていたGodfather シリーズをまともに落ち着いて観たのは、実に6,7年ぶりなんじゃないかなと思います。たまたま前回TV放映で観た記録がありましたが、平成14年の5月以来のようです。(記録というのはこれです。)
で、改めて観てみましたが、これまでになく感動しました。 グッと来ました。 涙が出ました。
俺様ごときが敢えて描写するまでもなく、Godfather は家族の物語です。 Part 1の主演はマーロン・ブランドーということで、オスカーも受賞してますが、俺様個人としてはシリーズを通して主演は一貫してアル・パチーノだと思っています。一般的にブランドーが主演と言われているPart 1も、ブランドー扮するドン・ヴィトーが権勢を振るう時代のシーンの数々も、二代目ドン・マイケルとの対比を描くための、あるいは古き良き(?)マフィアの時代をコンセンサスとして観客に紹介する、ある種の前振りだと思っています(言うまでも無く、ブランドーの演技の存在感は半端じゃありませんが)。 そして、マイケルが賢く冷静で、強いドンの役回りを”ファミリー”の中で担えば担うほど、家族との溝が深まっていく皮肉な様が描かれているというのが、俺様のGodfather に対する個人的な理解です。
で、実際に自分が家族を持つようになって、生涯何度目になるか分からない、この物語の視聴をしてみると、自分のちっぽけな平穏無事な個人生活と重なる部分は実際には殆ど無いのだけれど、やっぱりそれなりに感じるところは、若いときにもっと自由に繰り返し繰り返しこの映画を観ていた頃とはずいぶんと異なりました。
さらに言うと、 コッポラ監督の音声解説といのが、これまたイケてまして、とても感激しました。 The Godfather Part 1 とPart 2 が製作されたのは、1972年と75年。俺様が0歳と3歳の時に当たります。 なので、この映画をTV放映で初めて観た時というのは、確か小学校高学年の頃だったと記憶しているので、既に時は80年代に入っていたと思います。つまり、この2作品に対する名作としての評価は既に巷間で確立していたのは、想像に難くありません。
3作品に関するコッポラ監督の音声解説がいつ録音されたものなのかは正確には分かりませんが、Part 3までの評価が確定した後であることはその口ぶりから明らかです。 そして、特にPart 1 に関する音声解説では顕著ですが、当時30歳そこそこのコッポラ監督が、大した金も無く3人の幼い子供たちを抱え(一人はご存知後のソフィア・コッポラ監督)、まだまだ無名であるが故に製作会社のパラマウントからの、監督解雇を含めた執拗なプレッシャーにさらされながら、低予算の枠内でこの非常に複雑なストーリーを必死になって描き上げようとしてしていたことが伺え、とても感激しました。
本人がオーディションで発掘した掘り出し物的な俳優も含めて、才能豊かな俳優陣と、衣装や小道具、美術、撮影といった優秀なスタッフへの感謝の言葉が何度も何度も述べられています。
巨匠としての名声を欲しい侭にしているという印象しか、コッポラ監督に対して抱いていなかったので、製作秘話はもちろんのこと、エキストラとして自身の両親や知人が至る所で出演している話とか、自身の家族観みたいなものを象徴する演出をあらゆる場面に散りばめていること、原作にないシーン、あるいは原作にない演出を入れた理由(もちろん、俺様は原作も読んでます)等々が語られていて、その産みの苦しみと言うか、苦心の断片を聞いていると、なんだか36歳になったばかりの俺様としてはとても勇気が湧いてきました。 お好きな方にはお勧めです。
最後に、 個人的に長年謎だったポイントが明らかになってスッキリしてます。 それはPart 2のほぼエンディングのシーンで、ドン・ヴィトーの誕生日をサプライズで祝うために、家族が集ったことをマイケルが回顧するシーンがあるのをご記憶でしょうか? 上手いことパパには外出してもらってあって、食器やロウソクが綺麗に並んだダイニングテーブルに、ソニー、トム、フレドー、マイケル、コニーの兄妹、後のコニーの夫になるカルロ、誕生日ケーキを買ってきたファミリーの重鎮テシオが集うシーンです。 そのドンの誕生日は、日本海軍が真珠湾を奇襲した直後という設定で、マイケルが家族に何も相談もせずに海軍に入隊したことが告げられるシーンでもあります。そして、ドンの帰宅に合わせて家族は玄関に一家の大黒柱をサプライズとして迎えに行ったにも拘わらず、マイケルだけがテーブルで一人孤独に酒を飲み続ける象徴的な演出です。
俺様は、このシーンをPart 1製作時に撮影したのか、Part 2製作時に撮影したのかがずっとずっと謎でした。 Part 1 時なら、この一家の崩壊(マイケル自身が遠ざけていく義兄トムも含めて、後に全員が身の回りにいなくなってしまうことを暗示している)をとても象徴的に表現している、こんな重要なシーンをお蔵入りさせていたことになるし、Part 2 時なら、ソニー役のジェームズ・カーンを筆頭に、Part 2 の他の場面には一切出演していない俳優を3人もこのシーンのためだけに再招集したことになります。
でっ、正解は、Part 2時だそうです。 マーロン・ブランドー以外は快く再召集に応じてくれたことにより、このシーンは実現したそうです!!
色々書くと、思い入れが強くて長くなっちゃうので、この辺で(十分長いって?)。
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